内容説明
遠い戦争、森に木霊する様々な徴候―ナチス侵攻前、北仏アルデンヌに動員された兵士たち。深い森の中、研ぎ澄まされた意識が捉えた終極の予兆。
著者等紹介
グラック,ジュリアン[グラック,ジュリアン] [Gracq,Julien]
1910年、仏西部のサン=フローラン=ル=ヴィエイユ生まれ。ナントの高校で教鞭を取りながら執筆活動をおこない、1938年、第一作『アルゴールの城にて』を発表。アンドレ・ブルトンに賞賛される。第二次世界大戦で動員されるが、捕虜となり解放される。1951年、『シルトの岸辺』を発表、ゴングール賞受賞作に選ばれるが、受賞を拒否。著作に『森のバルコニー』(1958)『半島』(1970)など。2007年死去
中島昭和[ナカジマアキカズ]
1927年生まれ。1951年、東京大学文学部仏文科卒業。中央大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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パトラッシュ
107
宣戦布告はされているが実際の戦いは起こっていない。そんな「奇妙な戦争」下のフランスで、いつ死んでもおかしくない最前線にありながら酒と女と時間に不自由しない日々を送る若い少尉。戦時でありながら季節の移ろいしか感じられない永遠と思える時間の果てに、いつしか国境の深い森が人を呑み込むような神秘的存在へと変貌していく。そんな幻想に溺れそうになる一瞬に、ドイツ軍戦車の轟音が響いて不安と緊張に満ちたモラトリアムの時間が崩壊させる。過ぎ去るだけの時間こそが、戦争や政治を超えた物語を動かす主軸として読者に迫ってくるのだ。2023/06/07
ケイトKATE
30
第二次世界大戦開戦直後、フランスはドイツに宣戦布告しながらも直接衝突がなかったいわゆる「奇妙な戦争」の兵士達の心の揺らぎが描かれている。「奇妙な戦争」の時期の兵士達の様子は実に見事である。戦争が始まっているのに、実際に戦闘がないためか、戦争自体に関心がなく厭戦気分が漂うと思いきや、戦闘が始まる不安と緊張が現れるなど、当時のフランス人の心境が伝わってくる。ジュリアン・グラックの小説は『シルトの岸辺』を読んで以来である。グラックの書く物語は展開は進まないが、登場人物の心の機微を捉え読み手を引き込ませる。2023/06/12
松本直哉
27
いまや誰もがつねに〈戦前〉のなかに生きているのかもしれない。隣国からはミサイルが飛び、核兵器をちらつかせて恫喝する国もある。しかし誰一人として、それを〈我々の〉ことととらえず、ただ日々の〈私の〉ことにかまけて、今日と同じ日が明日も来ると思い込んでいる。いつかは破局的な何かが起こることへの不安はどんよりと澱んでいても、その不安を打ち消すための日々の慰めと気晴らしに事欠くことはない。主人公の置かれた、史実でもある〈奇妙な戦争〉の、最前線にもかかわらず不思議な静謐にみちた日々は、そのまま今の我々のそれでもある。2023/08/20
フランソワーズ
9
戦時下でありながらも、戦争の気配がしない森の監視哨に配属になったグランジュ。三人の部下との任務、村の若い娘モーナとの交歓、そして森を含む”世界”に融け合う彼の、宙ぶらりんな日々。やがては訪れかもしれない戦争の影、死の足音に耳を澄ましながらも、淡々と過ごす。ついに来たそのときを迎えても、彼はその”世界”のなかでなおも融け合う。あとがきにもあるように、それ全体が詩のよう。戦争を舞台にしながらも、息を飲むほど美しく、でも決して表面的なものではなく、深い思惟を感じさせる。2024/02/23
タンタン
9
中島京子の講演を聞いていて、父親がフランス文学の教授で翻訳をしている…今読んでるこの本の訳者だと気がつきました。小説は面白かったけど、語彙が古めかしかった。昭和2年の生まれだから仕方ないですね。なぜ今出したんだろう?2024/02/05