内容説明
父になったばかりのパトリックは、娘の出生が記録された「家族手帳」を手にする。しかし、彼は自分がどこで生まれたのか、父母が何という名前だったのか、知らないのだった…。残された両親の断片的記憶を手がかりに、失われた“自分の出生”を事実と想像を織り交ぜて物語化する鮮烈な自伝小説。
著者等紹介
モディアノ,パトリック[モディアノ,パトリック][Modiano,Patrick]
1945年、パリ近郊ブーローニュ=ビヤンクール生まれ。作家
安永愛[ヤスナガアイ]
1965年、広島県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学。現在、静岡大学人文社会科学部教授。専攻、フランス文学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ドン•マルロー
18
「生きるとは、ひたすらに記憶を完成させることである」とのルネ・シャールの題辞と実にマッチした小説だ。誕生とともに自身の出自の確固たる基盤となる「家族手帳」を難なく手にすることができた娘と、占領下の時代を生き抜いたユダヤ人である両親の記録が附された、偽りの上塗りのごとき父モディアノの「家族手帳」。父娘の家族手帳のあいだには埋めることのできぬ巨大なギャップがある。本作には著者モディアノの寄る辺ない人生の記録が哀切かつメランコリックに描かれているが、そればかりでない。ラストには淡くもしたたかな希望が述べられる⇒2016/01/12
きゅー
10
モディアノの作品は、常に自分自身の探求が主題となっている。そして過去の出来事の中に今の自分を形作っている原型を見つけようとする。本書では、娘ゼナイドの誕生が明るい灯となって全体を照らしているが、それゆえに話者の両親の匿名性がきわだち、彼らの姿は影のようにいっそう暗くなっている。ミステリの要素が濃いが、それを期待して読むと後悔しそうだ。具体的で明瞭な結末は現れない。不可解なものは不可解なまま残され、それを明らかにする手段はない。記憶と記録をあてどもなく経巡る旅は、旅そのものが目的となってしまったかのようだ。2013/04/09
qoop
6
ナチス占領下のパリでユダヤ人であることを隠し、跡を残さず密やかに生きた父。親しい人々の中の人物像がまるで一致しない芸人。記憶/記録を遡れず、存在の不確かさを抱えた著者による過去の掘り起こし。曖昧な糸を辿って結ばれる人々の姿は実像か虚像か。逃げ水のような味わいの自伝的虚構小説。2017/02/16
なもないのばな
3
生まれながらに、いや生まれる前から精神的な流浪を強いられてきた著者が、文字通り流浪と隠遁の一族の歴史の真実を探索し肯定し、確かな、時にあいまいな記録や記憶をつむぎ、自分と家族と娘(子孫)の安息の地を探し続ける。彼の求めたものは一族の固有のものであり人類の歴史でもある。 誤植も多く、これは日本語にあるのだろうか?と思う表現もあり、正直なところ読みにくかった。原語で読めないものにとってはそこは残念。2016/02/23
nem-nem
3
ずっと気になっていた作家を初めて読んだ。新しい作家を読むときは、なるべく先入観なしで読みたいと思う。(この作家の事もノーベル賞受賞の記事は読んだが、去年の事なのでもう忘れている) なにか不安定な、居場所のない人のつぶやきのような短編を集めた本。なにびとも「自分」(つまり自分をこの世に出現させた親)からは決して逃げられない。現代を生きながら時おりドイツ占領下時代のパリにワープしてしまう必然がある。「訳者あとがき」で作者の背景というべきものがくわしく語られ、理解が深まった。2015/05/24