内容説明
この詩人の存在そのものが日本を深いところで支える大きな手の一つであることを、時は次第に解明してゆくだろう。原本は、1967年、『うたの心に生きた人々』として出版したもの。
目次
1 風がわりな少年
2 中退の青春
3 山師のころ
4 第一回の外遊
5 詩集『こがね虫』
6 海外放浪の長い旅
7 むすこの徴兵をこばむ
8 戦後になって
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
KEI
36
茨木のり子さんによる金子光晴さんの評伝。 戦前から戦後に至るまで、「自分自身の思考力をたいせつにする」という生き方を貫き、息子の徴兵を拒否し守った姿に驚く。挿入された「寂しさの歌」の中の「僕、僕がいま、ほんとうに寂しがっている寂しさは、この零落とは反対に、ひとりふみとどまって、寂しさの根元をがっきとつきとめようとした、世界といっしょに歩いているたった一人の意欲も僕のまわりに感じられない。そのことだ。そのことだけなのだ」この様な詩人がいた事を誇りに思う。2018/03/05
booklight
25
金子光晴の紀行文が好きでよく読んでいた。『どくろ杯』『マレー蘭印紀行』『ねむれ巴里』『西ひがし』など、戦前ののんびりした様子とひりひりした貧乏と手で触れるような生が同時に進んで行く奇妙な紀行文で、先の見えない旅路と地べたに座っているリアルな感覚が好きだった。ただそれだけで詩人としては今回初めて知った。詩人としての素養も評価も高い人だったんだ。個人的には、戦前戦後で変わらない個人というよりも、戦争をも日本人全体をも凌駕する人。そもそも思想統制ぐらいで縛れる人ではない。むしろ詩という出口があったことに驚く。2022/06/04
シュシュ
22
衝撃的なのは息子さんの徴兵を拒んだときのこと。「応接間に閉じ込めて生松葉でいぶしたり、リュックサックにいっぱい本をつめて、それをしょわせて夜中に自宅から吉祥寺の駅までかけ足させたり、はてはびしょびしょの雨のなかにはだかで立たせてみたりして、気管支カタルの発作を起こさせ、兵隊として使いものにならない状態をつくってごまかした」「父親としての自分がまるで鬼軍曹のように…感じられたが人殺しにだすよりはいいのだ」『子供の徴兵検査の日に』という詩を読むと息子さんをどれだけ愛していたかがわかる。金子さんはすごい人だ。2015/11/06
ゆきえ
13
自分の中の寂しさや矛盾、心のなかのたたかいから逃げずに、マイナスのものだと捉えずに、ゆったりと育て、個人として生きたいと思った。「健康で正しいほど/人間を無情にするものはない。」ということばに、疑いも抱いてしまうけれど、今はすがりたいと思う。2015/01/01
kuronyann
4
「第二次世界大戦中、戦争賛美詩を書いた高村光太郎とはまったくべつの生きかたをした詩人に、金子光晴がいます。」の書き出しから信念に生きた人として金子光晴の詩も紹介しながらその人生を描いています。 小ぶりでしゃれた製本は本棚のアクセントにもなります。2012/11/26
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