出版社内容情報
目撃者の記憶の変容とそれに伴う供述内容の変化などの諸問題を克服するためにはどのような方法をとるべきか。諸外国で使われているガイドラインをわが国にも提案する。
はじめに 2
第1部 目撃供述・識別手続に関するガイドライン
1 目撃供述・識別手続全般に関わる基本姿勢 21
2 供述聴取手続 22
3 識別手続――他の証拠によって被疑者が特定されている場合 30
4 写真面割手続――被疑者が特定されていない場合 44
5 供述聴取・識別手続の特則 47
6 目撃者の心理特性を考慮しなければならない場合 50
第2部 目撃供述・識別手続に関するガイドライン――解説
第1章 はじめに――「目撃」はいかにして証拠たりうるか 56
1 法と心理学の交わる場所 56
2 「証拠」は事実認定過程とは独立なのか 57
3 「証拠は動く」 59
4裁判官が提示した1つのガイドライン(規準) 62
コメント 64
判例紹介 66
第2章 目撃供述・識別手続全般に関わる基本姿勢 68
1ガイドラインの基本姿勢 68
2仮説検証的態度を妨げてきたもの 70
3仮説検証に必要なこと 71
(1)実証性(検証可能性)と反証可能性
(2)誤謬可能性の排除
(3)再現性の保証
4まとめ 73
(1)全ての手続過程の厳正化
(2)全ての手続過程の可視化
(3r> (1)偶然のまぐれ当たりと相対的判断の問題
(2)教示による対策
(3)継時式呈示法による対策
4ラインアップ準備と実施のビデオ記録 110
最後に 112
コメント 115
判例紹介 118
第6章 写真面割手続――被疑者が特定されていない場合 119
1写真面割において留意すべき事柄 119
(1)誰が聴取をするのか?
(2)写真選択時の教示
(3)使用される写真の内容:髪型と髪の色
(4)用いられる写真の均質性:犯罪者暗示性および特異性
(5)写真面割帳のサイズ
2写真面割と人物描写の関係 122
3結び 123
コメント 124
判例紹介 127
第7章 供述聴取・識別手続の特則 129
1既知の人物の目撃 129
(1)はじめに:問題の所在
(2)既知人物を対象とする識別供述
(3)死亡した身内の顔を見誤ることがあるか?
(4)既知人物認定の問題点とその実験心理学的検討
(5)確信度と正確さの関係
(6)知人の誤同定に関する社会心理学的説明:スキーマとソースモニタリング
(7)知人同定の変則―― 耳撃証言のみによる知人同定
(8)既知人物同定に関する実務上2反対尋問権保障の意味
3目撃供述の利用の制限
第3部 法と心理学の架け橋を求めて
第1章 目撃証言が大きく裁判を動かした事例――甲山事件の25年から 167
甲山事件とは 167
問題の多い園児供述 168
暗示・誘導 169
法と心理学の懸隔 171
〈状況のなかの人間〉に迫る法と心理学を! 173
第2章 目撃供述における知覚の問題 174
知覚の性質 174
1推論としての知覚 174
2選択と知覚 175
3有効視野 176
実際の事件における「知覚」の問題 178
第3章 目撃供述に潜む記憶の忘却と歪み 181
記憶の素朴理論 181
記憶の3段階 182
1符号化段階における失敗 182
2貯蔵段階における失敗 182
3検索段階における失敗 183
複雑な出来事の符号化に影響する要因:出来事変数と目撃者変数を例に 183
1目撃者変数 184
(1)注意
(2)アルコールの影響
(3)ストレス
2出来事変数 185
(1)凶器の存在
(2)出来事の凶暴性
(3)照度条件
複雑な出来事の貯蔵と検索に影響する要因 187
1貯蔵に影響する要因 187
事後情報
2検索に影響する接法 219
子どもの面接法 221
1面接環境 221
(1)面接者
(2)面接場所・設備
(3)面接の時期
(4)面接時間
(5)面接の回数
(6)立ち会い人
2面接の手続 223
(1)リラックスした関係(ラポール)の構築
(2)面接の目的を述べる
(3)グラウンドルール
(4)事務的な情報収集
(5)自由報告
(6)質問
(7)補助物の使用
(8)クロージング(終結)
面接の現状と問題点 226
1面接法の各手続について 226
2オープンクェスチョンとクローズドクェスチョン 227
3不適切な質問 228
第8章 「傷つきやすい人々」の供述とその被暗示性 234
「傷つきやすい人々」とは 234
「傷つきやすさ」が問題となる事態 235
「傷つきやすい人々」についての心理学的研究 236
被暗示性等を測定する方法 239
広島港フェリー甲板長事件を例に 241
第9章 虚偽自白の心理学 244
虚偽自白の容易さ 244
合理的判断としての虚偽自白 246
自白の内容展開過程 248
第10章 供述分析――「供述の世界」を読む252
実験心理学の限界と供述分析 252
ここ十数年、具体的な刑事事件をめぐって、目撃供述の信用性に関わる鑑定が心理学研究者に依頼されるケースが急激に増え、法と心理学の交わる新たな領域が広がってきた。目撃供述の聴取や識別の手続に関わるガイドライン策定の機運が高まってきたのは、この法と心理学との出会いを通じてのことである。
目撃に関わる心理学鑑定の課題は、捜査によって聴取された結果(事実)を前にして、そこに含まれる問題を的確に摘出し、正確な認定を導くことにある。ところが、いざこの鑑定作業に関わってみれば、鑑定対象となった供述の聴取手続、あるいは人物の識別手続に、看過しがたい重大な問題があることに気づく。私たちがこのガイドライン作成に乗り出したのも、問題の多い捜査実態を目の当たりにしたからであったにほかならない。ここを何とかしなければ、いつまでも同じ過ちが繰り返され、私たちは同じ問題に追われ続けることになる。
まずガイドラインの策定によって、捜査のルール(規範)をより厳格に規定し、問題の発生を未然に予防する。そのうえで心理学鑑定においてはそのガイドラインに照らして、誤謬を導く危険要因が混入していなかったかどうかをチェックする。この2つの課題は文を行うとき、ある捜査官が目撃者から目撃した状況や犯人の特徴などを供述聴取したうえで、同じ捜査官がこの犯人の条件を備えた人物の写真面割帳を見せて、そこに犯人がいないかどうか、それらしい人物がいないかどうかを選ばせ、その結果として被疑者が絞られてくれば、目撃者にその被疑者を単独で面通しさせ、確認させる。これらの供述聴取、面割、面通しの結果はすべて調書として記録する。実務においてはおおよそそのような流れで手続が行われている。
この手続をただ表面的に見れば、ごく常識的で、そこにとくに問題があるようには見えないかもしれない。実際、これでもって真犯人にたどりついて正しい解決を得ることも少なくはないだろう。しかし一方で、ここに間違いが忍び込んで深刻な冤罪を招くことも、また現実としてある。そこでガイドライン作成について、まずは2つの課題が求められる。1つは、証拠にもとづいて真実に近づくという捜査の実を維持しながら、そこに入り込む間違いをいかに未然に防ぐかという〈過誤の防止策〉、そして2つ目は、そうした防止策を施したうえでなお入り込んでしまった間違いを、事後にいかに摘出・検証するかという〈過誤のチェック策〉である。
本用されていないことを指摘して、識別手続上の誘導・暗示の可能性を排除できていないことを議論の俎上に乗せることが重要である。
あるいは目撃供述聴取について、ガイドラインでは供述聴取機会の反復を原則的に禁じている。じっさい現実の事件においては、目撃者から繰り返し供述を聴取した結果として、最初供述していた内容がその後に大きく変遷してしまうことがある。そのために、供述はほんらい目撃者の記憶の自由な想起にもとづくべきところ、聞き手である捜査官の事件仮説が目撃者の供述を主導して、これを歪めてしまうようなことが起こる。そのような過誤を防ぐためには捜査段階での供述聴取は基本的に1回ですませるべきである。これもまた捜査実務にあたる警察官や検察官は、非現実的なルールだというかもしれない。しかし心理学上の理念からいえば、むしろ現在行われている実務のありようこそが問題であって、その認識を共有することが急務なのである。
目撃した問題の出来事からできるかぎり早い時点に、できるかぎり公正な仕方で、要を得た事情聴取・識別手続を行うように努める。そして特段の事情がないかぎり、その機会を反復してはならない。このルールに反して、やたらに事情1つの課題は、それゆえ、供述聴取・識別手続に紛れ込む過誤を事後的にチェックできる手立てを捜査過程に組み込むことである。
本ガイドラインでは、最重要ルールの1つとして、供述聴取、識別手続の全過程を録音・録画して、これを可視化することを求めている。そうしておけば、のちに当事者のあいだに、聴取した供述内容や識別結果の如何に争いが生じたとき、事実を直接に確認できる。また供述聴取や識別手続に、意識的あるいは無意識的に誘導が働いた疑いがもたれたときには、録音・録画された供述聴取過程、識別過程を精査すれば、心理学的な分析によって、誘導の有無をかなりの精度で検証できる。少なくとも、実際の捜査がどうであったかの議論を当事者たちどうしが法廷でぶつけあって、結局のところ水掛け論で終わるというような愚かなことは避けることができる。
被疑者の取調べについては、最近、録音・録画による可視化が議論されているが、これに対しては捜査側から強い抵抗がある。たとえば、そのような装置を取調室に持ち込むと、取調官と被疑者との人間どうしとしての信頼関係を持つことができなくなって、結果として被疑者が真実を言うことを妨げることになるという議論があるが直接に目的とすることは、捜査に忍び込んだ過誤の事後的チェックである。聴取した目撃供述や識別結果の信用性に争いが出てきたとき、当事者双方が問題を相互に検証できるように厳格な記録化に努め、必要なかぎりそのすべての開示を可能にする体制を整えておくことは、科学的捜査の必須要件である。目撃供述などの心理学的鑑定に関わる私たちの立場からしても、こうした客観的なデータが残されていることが重要であり、録音・録画による可視化はそのための必須の前提となる。
可視化反対の議論として、目撃者の場合には被疑者のときのように録音・録画が供述者と聴取者との信頼関係を保つうえで妨害要因になるといった反論は成り立ちにくいが、その代わりにプライバシー問題が可視化への反対の根拠としてあげられるかもしれない。しかしこの問題は供述調書に記録化される場合と基本的に変わりはしないし、技術的に十分対処できる問題である。そう考えれば、被疑者取調べの可視化よりもむしろ目撃者事情聴取の可視化のほうが捜査側には受け入れやすいかもしれない。
数十年前ならいざしらず、いまや安価に、また簡単・確実にできる録画・録音技術が手近なところで利用可能である。これを捜査ップが用いられる例は稀である。この現状を考えれば、ここでもまたガイドラインとのあいだに大きなギャップがあるのだが、過誤の防止のためには近い将来ラインアップによる識別が一般的になることを望まないわけにはいかない。
このラインアップ手続では、実物の人物を使ったものであれ、録画したビデオを使ったものであれ、多くのフォイル(事件とは関係のない偽の人物)のなかに被疑者を混ぜて、そこから目撃した人物を選ばせる。そのとき被疑者の容貌や身体的特徴が構成のなかで突出して目立ったりすれば、不当に不利な状況になるから、ラインアップに加わるフォイルについては、被疑者ないし弁護人がその選択に関与できるようになっている。つまり捜査側と被疑者側が対等な立場でこのラインアップ手続に関与するという当事者主義が、この捜査のレベルでも実現することになる。目撃者の供述や識別が問題になる捜査であっても、そのターゲットになるのは被疑者であるから、その権利が十分に保障されなければならない。
同様に、捜査に協力する目撃者についても、捜査の名においてその権利が侵害されるようなことがあってはならない。私たちのガイドラインではその点の配慮も行ったつもりで