内容説明
焼跡闇市派の昭和30年代、戦後メディアの群雄の記録。TV草創期の舞台裏を克明に描いた自伝的エッセイ、初の書籍化。
目次
二十七歳の憂鬱
虚実錯綜
焼跡生き残りの連中
天に衛星、地にCM
CM一曲ビル一軒
TV界戦国時代
照る日曇る日
瓢箪から活字
プレイボーイ開業
悩みともがき
出版記念会まで
まずは一里塚
著者等紹介
野坂昭如[ノサカアキユキ]
昭和5年(1930)10月10日、神奈川県鎌倉市生まれ。翌年、母の死去に伴い神戸市灘区の張満谷家の養子となる。22年10月、養母の実家を頼り上京するも翌月、盗みが発覚して少年院に入れられる。その年末、新潟の実父に引き取られ翌年、野坂姓に戻る。23年、旧制新潟高校文科乙類に入学、翌年の学制変更で新潟大学人文学部一年となるが三日で退学。25年、早稲田大学仏文科に入学するも二十六歳の時に抹籍処分。30年の暮れに三木鶏郎音楽事務所の事務員となる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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bapaksejahtera
12
本書は昭和31年代初頭、著者が三木鶏郎音楽事務所で働き始めた頃から、昭和42年直木賞受賞直前迄、戦後の電波娯楽草創期同業界の、今日では想像できない姿を描き出すと共に、自らの聊か放埒な仕事ぶりからトリローとは距離を置き始め、「エロ事師たち」を出発点に小説に比重を移し出す、自伝的エッセイ。著者の目的不明で自棄的な行動が、多分に真面目で小心な性格の顕れであったと判る。助詞を省略した切れ目のない「饒舌体」が雑文から小説に移る過程で生み出された物である等、どこまで真実か分らぬが露悪的に迄語られている。解説も宜しい。2025/05/13
勝浩1958
11
野坂氏の30歳前後の、永六輔氏へのコンプレックスを抱えながらマスコミ業界にしがみつき、なんとか糊口をしのぐ姿に少しばかりペーソスを感じました。また、実父のために身銭を切ってブルーフィルムを借りてくる行為に、本当の肉親への優しさを見る思いがしました。野坂氏はまちがいなく、私のお気に入りの作家のひとりです。2016/01/23
hiratax
3
亡くなる直前に復刊されていたもので、期せずして追悼に重なる。昔のマスコミ業界はギルドだったし、適当だったのだなと。2016/04/09
T. Tokunaga
2
たしかに文章としては衒いがなく面白いのだが、あら、案外才知縦横というタイプではなかったのね、と当たり前のことにあらためて気付かされる。やはり飯沢匡の流れの人たち(永六輔が代表)は強かったのだなぁとも思わされた。2023/06/21
ベータケ(betake)
0
超最高に決まってるだろファック2016/10/12