内容説明
焼き討ちを正当化する10の方便。宗教の時代であった中世社会に、武士・僧侶・民衆はなぜ寺社を焼いたのか?南都焼き討ち、延暦寺焼き討ちをはじめ、全国各地の多数の事例を分析し、信仰と現実の間で揺れ動く中世人の心性・葛藤に迫る!
目次
序章 躍動する神仏―中世的宗教世界への誘い
第1章 苛烈をきわめた寺社焼き討ち
第2章 狙われた寺社の中核
第3章 寺社を焼く者の葛藤
第4章 寺社を焼く葛藤を癒やす処方箋―寺社焼き討ち正当化の方便を探る
第5章 神仏と中世人の角遂―祈る・脅す・壊す
終章 本気で神仏に祈り、挑んだ時代の刻印
著者等紹介
稙田誠[ワサダマコト]
1980年、大分県生まれ。現在、佐藤義美記念館勤務(学芸員)、別府大学非常勤講師。専攻は中世宗教史・思想史。とりわけ神仏と中世人の関係性や心性の解明に力を入れている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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サケ太
24
非常に興味深い、中世の人々の神仏に対する感覚を知れる一冊。宗教観。神仏が今と考えられないほどに信仰されていたはずの中世で起こった寺社焼き討ち(もしくは脅し)。寺社焼き討ちを行う時に、やっていたこと。何故行ったのか(行おうとしたのか)。願いを叶えるための脅し。面白かった。2022/10/15
MUNEKAZ
17
中世の寺社焼き討ちについて、多くの事例紹介とともになぜ焼き討ちに至ったか、またなぜ焼き討ちを許容できたのかという心性に迫っている。中世人は本気で神仏を信じていたし、本気で恐れていた。それ故に敵側に味方したり、神威が得られなかった場合は、神仏に対し本気で怒りをぶつけたのだと。「本気」になるということは、良いも悪いも含めて過激にエスカレートしていくもの。キリシタン大名が寺社を廃絶したのも、彼らが神仏に「裏切られた」と感じていたのではないかというのは面白い。ニッチなテーマだと思うが、読みやすく面白い一冊。2022/10/25
白隠禅師ファン
14
中世は神仏の影響が強かった時代。そんななか、寺社焼き討ち等の「神威超克」が頻繁に行われ、その際に起こる神罰仏罰などの葛藤を正当化するための方便がいくつかあった。本著のような、中世人の心性に迫る研究は、これからもっと進みそうですね。2024/10/27
Toska
14
「自社焼き討ち」と変換される人。お寺を焼くのは織田信長の専売特許ではなく、中世を通じて多数の焼き討ちや冒涜事例があった。だがそれは神仏の権威が衰えたためとは限らず、寧ろ逆で、人々が真剣に神仏と向き合っていたことの表れというのが著者の見立て。中世人の心性に鋭く切り込んだ労作である。年表から本文にリンクしやすくするなど、読み手の立場に立った努力が払われている点も好感大。2023/04/07
YONDA
12
中世は身分に関係なく信仰心が強いのに、なぜ信仰の中心である寺社を焼き討ちするのか不思議であったが、本書においてその謎が明かされる。中世の人たちの荒ぶる性格は、生きることに必死だったためだろうと思う。2024/09/28




