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マタイ福音書によせて―宗教とは何か〈下〉 (改訂増補版)

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  • サイズ 新書判/ページ数 262,/高さ 18cm
  • 商品コード 9784862480453
  • NDC分類 160.4
  • Cコード C0216

内容説明

本当に「貧しい者は幸い」なのか。抑圧者に対する「怒りは殺人と同じ」悪なのか。姦淫するなというなら、「目をもって姦淫する」のは、どういうことになるのか。一切誓うなと書いてあるのに、キリスト教徒が「誓う」というのは、どういうことか。マタイ福音書の有名な「山上の説教」は、本当に自己への責めは厳しく、他者に対しては愛と平和、神に対しては、「心貧しい」素直な心を教えたものなのか。本来のイエスの言葉を実生活から遊離したマタイ教団が精神主義的に改作し、実践の観念論をふりまわすことになった。それが今日のキリスト教界の口当たりのいい説教のもととなる。実証的に緻密な論証を重ねて、護教論的「定説」を覆す、田川マタイ論の現代的達成点。

目次

第4部 山上の説教によせて(貧しい者は幸い;しかし私は言う;怒りは殺人と同じなのか;姦淫―法秩序の粉砕;一切誓うな―知識人のぬけ穴)
第5部 実践の観念論―マタイ福音書の思想について(実践の観念論とは何か;信仰批判としての「実践」;実践の観念論から愛の虚妄へ)

著者等紹介

田川建三[タガワケンゾウ]
1935年東京生まれ。1965~1970年国際基督教大学助手ないし講師。1972~1974年ゲッチンゲン大学神学部専任講師。1974~1976年ザイール国立大学神学部教授。1978~1999年大阪女子大学学芸学部教授ほかいろいろ(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

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松本直哉

3
福音書の編集の過程でイエスの生のことばがいかに都合よく歪曲されていくか。痛烈な皮肉「飢える人は幸い」(そんなわけねえだろ)が、マタイが書き換えると「義に飢え渇く人は幸い」と、飢えた経験のない側からの清く正しいお説教になりはてる。結局、宗教は個人的なもの。それが集団で共有され、伝承されるうちに、ますます歪曲・改竄されていく。純粋に宗教をつらぬきたければ、集団から離れて、荒野を孤独にさまよう以外にないのだろう。

Koning

2
山上の説教をメインにマタイの思想はこうだという本。とくに信仰批判とかその辺は胡散臭い人たちをどう見るべきか?一つの指針になる気がする。

Yuusi Adachi

1
新約聖書の解説本…というより、自らを「神のいないクリスティアン」と名乗り、国際基督教大学から追放された、キリスト教神学界の立川談志、田川健三の初期代表作の復刻版。一般的に流通している共同新訳聖書では統一見解とされている4福音書の編集者の相違点を指摘し、イエスの言葉に対する改ざん、ねつ造を圧倒的な文献、資料の調査から抽出する。日本、いや世界を視野に入れても画期的な現代キリスト教論。本書はマタイ福音書の山上の説教をテキストにマタイを批評します。現在、絶版ですが、amazonで中古品買えます。 ☆☆☆☆★★★2013/09/02

905

1
この人の物言いは癖があるのはわかってたから、逐一徹底的に批判していく様には驚かないけど、なんでこの人はクリスチャンなの?という思いがちょっと湧いた。その信仰はイエス自身に対するもので既存の教団とは関係ないということかな?2012/06/11

hiromin3

0
マタイという聖書記述者が、いかに矛盾をはらんでいるのかがよくわかりました。でも、キリスト教のそういう側面もそれはそれで魅力なのだと思います。この本を読んで、批判的理解をした後でも、やはりマタイ受難曲では泣けてしまいます。2013/09/12

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