内容説明
韓国南部の小島、過去の幻影に縛られる初老の男と少女の交流。ガーナからパリへ、アイデンティティーを剥奪された娘の流転。ル・クレジオ文学の本源に直結した、ふたつの精妙な中篇小説。
著者等紹介
ル・クレジオ,J.M.G.[ルクレジオ,J.M.G.] [Le Cl´ezio,Jean‐Marie Gustave]
1940年、南仏ニース生まれ。1963年のデビュー作『調書』でルノドー賞を受賞し、一躍時代の寵児となる。その後も話題作を次々と発表するかたわら、インディオの文化・神話研究など、文明の周縁に対する興味を深めていく。2008年、ノーベル文学賞受賞
中地義和[ナカジヨシカズ]
1952年、和歌山県生まれ。東京大学教養学科卒業。パリ第三大学博士。現在、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授。専攻はフランス近代文学、とくに詩(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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かもめ通信
27
韓国南部の小島を舞台に、過去を引きずる初老の男と早く大人になって母とその恋人の住む家から遠ざかりたいと願う少女との交わりを描いた「嵐」。アイデンティティーを奪われた娘がさまよい続ける「わたしは誰?」。どちらの作品にも孤独にさいなまれる若い女性が登場する。少しずつ形を変えながら、繊細なタッチで描きだされる女性たちの寂しさは、高齢の男性が描いたものとは思えなかったがもしかするとそれは私が女だから思うことで世の中の男性たちも皆、心の中に抱えきれないほどの寂しさを隠し持っているのかもしれない。 2015/12/28
zumi
20
☆6/10。初ル・クレジオ。良い。二つの視点から物語を推し進め、かつそれぞれの存在によって自らの生を見つめ直す、グッとくる作品(「嵐」)一方、こちらはややコンパクト。長さの割に移動が頻繁。「嵐」が閉鎖的空間を生かし、可視/不可視の双方の場面で、上手く展開されている分、どうしても物足りない感じがする。(「わたしは誰?」)「嵐」一篇なら☆7/10くらいかなぁ。2016/01/24
zoros
12
初ルクレジオ。アイデンティティの欠如というテーマ。アイデンティティが育つには自分がどこの国の人で、誰から生まれてきて、なぜここにいるのかということが深く密接していると思いました。それは先に生きていたものからしか教えてもらえない。本書の主人公たちもぬぐえない浮遊感をもって生きています。世界に少なからずいる彼らのことを知ることができたいい読書経験でした。他の作品も読んでみよう。2019/04/27
rou
12
1作目の「嵐」の少女ジューンの海への幻想は『海を見たことがなかった少年』のように恐れと親和性に満ちている。その無邪気な眼差しが不可逆の覚醒を得る瞬間がこの小説そのものだ。2作目の「わたしは誰?」においても見られる「彼ら」の厳しくも力強い旅立ちはクレジオでよく描かれるある種のイコンだ。 越境することは小説の本源であり、越境者への惜しみない愛情を感じざるを得ない。「彼ら」はこの世界に遍在するし、「彼ら」への祝福を忘れ得ぬ人を、その優れた書き手の存在をいつも感じながらクレジオを読む。2018/11/22
ふるい
12
"海は死を洗い流す、海は侵食し、破壊し、何も返しはしない。" 不思議と懐かしい海の匂いは出生そのものの痛みだ。傷を抱えながら生きていく彼女たちの心の痛みがひしひしと伝わる。どちらの中編もラストに希望がみえたのでほっとした。 2018/01/14