内容説明
新訳決定版。美と崇高なもの、道徳的実践を人間理性に基礎づける西欧近代哲学の金字塔。カント批判哲学を概説する第一序論も収録。三批判書個人完訳。
目次
第1部 直感的判断力の批判(直感的判断力の分析論;直感的判断力の弁証論)
第2部 目的論的判断力の批判(目的論的判断力の分析論;目的論的判断力の弁証論)
附録 目的論的判断力の方法論
著者等紹介
熊野純彦[クマノスミヒコ]
1958年、神奈川県生まれ。1981年、東京大学文学部卒業。現在、東京大学文学部教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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hitotoseno
10
三批判書のトリにして哲学者からは評判がよく、「老年」において「解き放たれて猛り狂った作品」(ドゥルーズ)と評され、一方で「核心ないし根底が」「決定しにくい」(デリダ)謎めいた書物(『純理』の読解は玉石混交、『実理』は皆よく読まないまま批判したがる、そして本書は面倒だから専門家しか読まない)。本書の課題を無理に一言で言えば、通常(理性や悟性と違って)立法行為を行わないとされる判断力がそれでも普遍的な法を立てるとしたらどのような形で為すのか、そしてその普遍的な法とはどのようなものか探求する、というものである。2017/09/22
かんちゃん
4
序文は他の「批判」のまとめにもなっており、頭の整理にもなる。大きく分けて、美とは何か(みんなにとって快)、崇高さとは何か(不快なのに揺さぶられる)、目的にかなっているとはどういうことか、という三本立てになっており、そこに美術論や技巧に関する考察が加わる。やはりどうしても頭がついていけないのが合目的論で、ここでも他作品と同じように、最終的な根拠(神)を前に足踏みする。信仰による根拠の措定について論じられてはいるものの、暫定的になおたどれるところまでたどるしかない、というメッセージとして受け取るべきか。2016/04/24
hryk
2
主観的な趣味判断が普遍妥当性を持つ根拠を共通感覚に求める議論と自然があたかも目的を持つかのように作られているという目的論についての議論の二部構成で、後者では主に神の存在証明の批判が扱われる。どちらも、普遍へ特殊を関係づける規定的判断力ではなくて、特殊を普遍へと関係づける反省的判断力のメカニズムが問われる。感性を越えて超感性的なものに至る推論の誤謬の指摘はカントお得意のもの。美的判断と目的論を結びつける着想のどこまでがカント独自のものなのかはわからないけれど、議論の大枠がわかればだいたい読める。2017/01/09
kazu
1
直感的な判断による美しもの、崇高なもの、そして神という概念について語られ、芸術的な意味における美学についてはヘーゲルの方が詳しく述べられており、各芸術の解体とも言えるのではないか。それに対してカントは、バウムガルテンや、エドマンドバーグにおける美学と崇高なものに近く、芸術を発信する側ではなく、受け取る側の判断について述べている。そこで行われる判断(直感的な判断だけでなく)の過程においてどのようなことが成されるか。しかし判断力批判の中でも天才というもの、芸術というものについて全く触れられていない訳ではない。2018/05/21
井蛙
0
本書では認識能力としての悟性と欲求能力としての理性を架橋する自律的能力として快・不快を判定する判断力の身元が吟味される。判断力は自律的能力であるから超越論的原理が存在する。それが合目的性である。この原理は趣味判断に主観的普遍性を与える。主観的普遍性!!この魔法のような言葉を担保する共通感覚という概念には果てしない魅力がある。例えばアーレントがこうしたカントの議論によって政治学を灌漑したように...2017/10/26
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