内容説明
30歳過ぎから聴力を失いながらも、パリで画と版画に命を削り、ビュラン(彫刻刀)で描いた銅版画で高い評価を受けるようになった木原康行は、68歳の時、オーギュスト・ロダンが初代会長を務め、25名しか枠のない、フランス画家版画家協会の正会員に選ばれる。本書は、妻で画家でもある千珂が、連れ添った日々を振り返って綴った、ある版画家家族の物語である。何のあてもなく渡仏し、異国パリでの慣れない暮らしや振り回してしまった娘たちのこと、個展を目指して日本とパリに別れながらの夫婦の往復書簡や思い出の旅など、画界に認められるまでの苦労も含め、連れ添った60年を語っている。
目次
康行の死、私の白い道
木原家と名寄
出生、少女時代、戦争
女子高校・大学時代
魔の一夜
家庭生活
パリ第一歩
日本での画廊探し、個展
東京・パリ間の航空書簡
美珂にとってのパリ〔ほか〕
著者等紹介
木原千珂[キハラチカ]
1931年岡山市に生まれる。55年東京女子美大洋画科卒。70年渡仏
小沢君江[オザワキミエ]
1965年、早稲田大学仏文科卒。1971年、夫ベルナール・ベローと渡仏。1974年、ベローと共にイリフネ社創立。ミニコミ誌『いりふね・でふね』創刊。1979年、無料紙『オヴニー』発刊。1981年、民間文化センター「エスパス・ジャポン」創立。著書に半自叙伝『四十年パリに生きる』(緑風出版)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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