出版社内容情報
1912年を開催予定とし万国博覧会に準じた規模で構想された大日本博覧会は、1907年、日露戦争の気運に乗り政府主催で着手するも、財政難のため一旦は延期、後に中止となった「幻の大博覧会」である。金子堅太郎は、その「大博覧会」を日本で開催する意義を、国際社会における万国博覧会の重要性をさまざまな観点から指摘。ここでは中止後明治神宮となっていく過程を史料でたどり、公の表象としての共同体意識のシンボルとしての意味を考える。
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