目次
【復刻】歓楽の名古屋
【解説】稲川勝二郎と『歓楽の名古屋』
【付録】中京藝妓之栞
著者等紹介
稲川勝二郎[イナガワカツジロウ]
(勝次郎、晩年は敬高とも)。明治35年(1902)8月26日、大垣市生まれ。15歳ころに渡満。医学者で詩人・劇作家の木下杢太郎と出会う。帰国後大正9年に高木斐瑳雄と詩誌「金の盞」を創刊。翌10年に「角笛」と改め11号まで刊行する。大正11年、名古屋詩話会を結成。会員は井口蕉花、春山行夫、高木斐瑳雄、佐藤一英、三浦富治、稲川の6名。大正12年に詩集『大垣の空』(角笛詩社)を出版。大正13年、「名古屋新聞」社会部記者となる。昭和2年、八事天白渓土地支配人。昭和4年、文化図案社を創業。敗戦後、「輝久翠ホテル」取締役。名古屋市中区旅館組合の理事も務めた。詩誌「サロン・デ・ポエット」同人。また、宇宙時代社を設立し、詩誌「中部日本詩人」や、中部日本詩人会年刊詩集委員会編「中部日本詩人集」を年度版で刊行したりした。昭和41年5月13日、多発性骨髄腫により64歳で逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。



