近代化のねじれと日本社会

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  • サイズ B6判/ページ数 195p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784826504058
  • NDC分類 304
  • Cコード C3036

出版社内容情報

「近代社会」という自明性の舞台裏を想像するためのいくつかのレッスン。

学校制度、メディアと身体、フリーターと「社会的ひきこもり」、貨幣、エコロジズムと政党。
グローバライゼーションの進展に伴い顕在化してきた<近代化のねじれ>を歴史的に追跡し、問題の所在を明らかにするアクチュアルな提言。

はじめに

第一章 どうして子どもは学校へ行くのか

1ー1 学校で教わる知識
1ー2 学校で何を教わっているのか
1ー3 学校の権威喪失ー不登校と学級崩壊
1ー4 学校と子どもの変容ー学校の存立構造
1ー5 学校の飽和
1ー6 学校をやり過ごす子どもたち
1ー7 現実の対応策について
1ー8 絶望の中で光をー溶けだしたガラス箱の中で

第二章 ラジオ体操と日本社会の近代化過程

2ー1 ラジオ体操という近代化
2ー2 世界のラジオ体操
2ー3 日本のラジオ体操の歴史
2ー4 身体への注目
2ー5 モダンな音楽
2ー6 ラジオというメディア
2ー7 結び

第三章 フリーターと「社会的ひきこもり」

3ー1 自己実現について
3ー2 「社会的ひきこもり」概念の再検討
3ー3 ひきこもりのプロセス
3ー4 内面的自己実現と社会的〈自己実現〉について
3ー5 フリーターという存在
3ー6 急かされる青年たち

第四章 エコロジズム運動と政党

4ー1 はじめに
4ー2 原発事故とエコロジズム・ムーヴメント
4ー3 エコロジズム政党の内的勢力関係
4ー4 エコロジズム政党の構造バライゼーションの抵抗拠点

おわりに

初出一覧


この私たちが暮らしている近代社会において、「自明視」されていることはきわめて多い。「自明視」されていることを、「常識(=common sense)」というのかもしれない。しかし、それらはほんとうに「当たり前」のことなのだろうか。本来、近代化とは、「呪術からの解放」であるべきは ずだった。近代社会とは啓蒙主義をその基盤にすえた、すぐれて「理性的な社会」であるはずだった。しかし、近代社会においても、本当は違うやり方、考え 方をした方がよいのに、慣習的にそうなっているだけということもたくさんあるのだ。それどころか、近代化は、科学(技術)信仰というあらたな呪術までを も作り出してしまった。今、私たちが生きているこの近代市民社会は、歴史的に見れば、いかようにもありえた可能態のひとつが実現したものであるにすぎない…

内容説明

学校制度、メディアと身体、フリーターと「社会的ひきこもり」、貨幣、エコロジズムと政党。グローバライゼーションの進展に伴い顕在化してきた“近代化のねじれ”を歴史的に追跡し、問題の所在を明らかにするアクチュアルな提言。

目次

第1章 どうして子どもは学校へ行くのか
第2章 ラジオ体操と日本社会の近代化過程
第3章 フリーターと「社会的ひきこもり」
第4章 エコロジズム運動と政党
第5章 グローバライゼーションと貨幣
第6章 エコロジズム政党の現在における可能性と困難

著者等紹介

竹村洋介[タケムラヨウスケ]
1958年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。同大学院教育学研究科博士課程修了。近畿大学非常勤講師。NPO法人越谷らるご/フリースクールりんごの木理事長
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