わたしは、とても美しい場所に住んでいます―暮らしの隣ですすむ軍事化

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わたしは、とても美しい場所に住んでいます―暮らしの隣ですすむ軍事化

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  • サイズ A5判/ページ数 91p/高さ 22cm
  • 商品コード 9784816609039
  • NDC分類 319.8
  • Cコード C0031

内容説明

戦争のための基地ではなく、静かな朝、鳥の声、夜には満天の星を、子どもたちに、残したいのです。

目次

1 沖縄・高江(わたしは、沖縄本島北部東村高江で暮らしています―やんばるの森にヘリパッドはいらない(石原理絵)
Voice of TAKAE―ヘリパッドいらない住民の会ホーム頁から)
2 横須賀(原子力空母ジョージ・ワシントンがやってきた(木元茂夫))
3 練馬(軍隊として機能しはじめた自衛隊(竹見智恵子))
資料(日本国憲法前文・第9条;日米安全保障条約第5条・第6条 ほか)

著者等紹介

石原理絵[イシハラリエ]
ヘリパッドいらない住民の会

木元茂夫[キモトシゲオ]
全ての基地に「NO」を・ファイト神奈川

竹見智恵子[タケミチエコ]
ジャーナリスト・練馬在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

戦争のための基地ではなく、静かな朝、鳥の声、夜には満天の星を、子どもたちに、残したいのです。
沖縄・高江の米軍北部訓練所では、ヘリパッド増設が強行されようとし、横須賀には原子力空母ジョージ・ワシントンが配備され、練馬自衛隊基地では米軍との合同演習やまさくらが進んでいる。ソマリア沖海賊対策の名のもとに海上自衛隊が、派遣された。
九条をもつ日本で、一体なにがおきているのか? 

目次 
まえがき  秋山淳子 
1 わたしは、沖縄本島北部 東村高江で暮らしています
  沖縄県東村高江で起きていること  ヘリパッドいらない住民の会ホーム頁から ・・・10p  
  やんばるの森にヘリパッドはいらない―沖縄・高江  石原理絵・・・・・・・・・・・・・・・・18

2 原子力空母ジョージ・ワシントンがやってきた―横須賀  木元茂夫・・・・・・・・・・・・・32
3 軍隊として機能しはじめた自衛隊―練馬  竹見智恵子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50
あとがき  上村和子
 
〈資料1〉日本国憲法 前文・第9条
〈資料2〉日米安全保障条約・第5条 第6条
〈資料3〉日米地位協定・第2条
〈資料4〉周辺事態法の国会質疑から見える日米安保の変質
〈資料5〉周辺事態法・第1条 第2条 第3条
〈資料6〉在日米軍兵力
〈資料7〉在日米軍の編成
〈資料8〉旧軍港市転換法
〈資料9〉防衛施設庁
〈資料10〉自衛官の人数(『防衛白書』2008年版)
〈資料11〉自衛隊と「地方公共団体などとの平素からの連携」(『防衛白書』2008年版)
〈資料12〉自衛隊の「核・生物・化学(NBC)兵器への対応」(『防衛白書』2008年版)
     〈資料13〉「防衛省・自衛隊の職員の募集・採用」(『防衛白書』2008年版)
     〈資料14〉自衛隊員の自殺(『防衛白書』2008年版)
     〈資料15〉自衛官の自殺――「たちかぜ」艦内暴力にたいする国家賠償請求訴訟
     〈資料16〉「殉職隊員追悼など」(『防衛白書』2008年版)
   〈資料17〉イスラエル、独、オランダ軍 北部訓練場で演習検討『琉球新報』2008年7月1日付より    〈資料18〉軍隊は市民を守らない。
     〈資料19〉各国国防費 2005年


 まえがき

 アメリカのオバマ政権誕生は世界に新たな歴史を刻みました。それから1カ月余、2月中旬には、クリントン国務長官が日米再編への布石を打つために来日し、なりふり構わず駆け抜けていきました。首脳として世界で最初にホワイトハウスへ招待された麻生太郎首相は、会期中の国会を放りだし、嬉々として出かけていきましたが、たった1時間の挨拶――会談ではありません――のみで帰国しました。万が一にも、アフガニスタンへ自衛隊を派遣する約束などは、してこなかったでしょうね。
わたしと沖縄との出会いは、東京に来るためにパスポートを所持してこなければならなかった大学の友人たちを通してでした。沖縄が、「本土復帰」したのは1972年5月15日、それまではアメリカ軍政下に置かれ、「本土」に来るためにはパスポートが必要だったのです。そのことを知ってから半世紀がたちます。以来沖縄はわたしの中にあり続けました。多くの人々やグループに会いました。基地軍隊を許さない行動する女たちの会の高里鈴代さん、宮城晴美さん、源啓美さん、糸数慶子さん、読谷村議の知花昌一さん等など、沖縄問題の先頭に立ち活動している方々です。
沖縄は、唯一日本で地上戦が行われた場所です。南部の糸満に追い込まれた人々は、「日本皇軍」から「集団自決」を強いられました。しかも今もなお「基地の中に沖縄がある」現実を生きているのです。沖縄本島では、面積の約19.3% を基地が占めています。金武町では町全体の59.8%、東村(高江もここにあります)では41.5%、嘉手納にいたっては総面積の82.8%を基地が占めます。
これまで日本政府は、露骨な宥和策としてさまざまな沖縄振興政策をうちだしてきました。しかし人々は首長選挙や住民投票を通し、基地の縮小から撤廃へという意思を表明し続けてきました。「沖縄問題をつくり出した頭で、沖縄問題をなくすことはできまい」とは昨年亡くなった加藤周一さんのことばです(「君よ知るや南の国」)。
  わたしたちはいま、沖縄の意思を、日本全体の意思としているでしょうか。「沖縄問題」を「沖縄の問題」としてしか認識しない狭隘な気持でいるのではないでしょうか。
 日本の朝鮮併合に反対して、朝鮮の人々が立ちあがった「3・1独立運動」が起きてから今年は90年目にあたります。しかしわたしたちは自国の負の歴史に学んではきませんでした。「日本が侵略国家など濡れ衣だ」(田母神俊雄・前防衛省航空幕僚長)と発言してはばからない人間が、自衛隊のトップにいたのです。――渡辺白泉(1913~1969年)が、「戦争が廊下の奥に立つてゐた」と詠んだ事態に、この国はすでになっているのかもしれません。
沖縄在住のジャーナリスト新川明さんが「問題意識を持った人たちが存在することが大事。そういう思いや問題意識が死滅しない限り必ずいろんな形で芽は出てくる」と言っています。戦後の日本が選びとった平和主義(戦争の放棄・軍備及び交戦権の否認)は、世界に誇りうる唯一の普遍的価値です。「働いて生きる」という当たり前のことが、当たり前にできる社会に暮らしたいと思います。「核も戦争」もこの地上からなくすために、地域や国境を越えた人とのつながりを大切にしたいと思います――沖縄と横須賀と練馬、この小さな本をとおしてつながることができればと願いながら。 
                                                     2009年3月            秋山淳子