内容説明
老人の内心は、その枯れ果てた肉体とは裏腹に、過去を激しく自己批判しながら、できるはずもない過去への逆流という幻想に取り憑かれていた。老人は、あの時、ほんの少しの注意力さえあれば、それが叶わぬならば今、ほんの一瞬であろうとこの手をあの時に戻すことさえできれば、妻子に曝したあの忌まわしい醜態など、それこそ箸置きから落ちた箸を元に戻すような手軽さで、消し去ることができるのにという、その場で地団駄を踏みたいほどの悔しさに身を震わしていた。清算。彼が欲して止まないもの。忘却。突き詰めれば。現実から隔絶された刹那の連続。
著者等紹介
政岡伸浩[マサオカノブヒロ]
昭和35年広島県呉市生まれ。一男一女に恵まれ、現在は西宮市在住
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