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アート・ビギナーズ・コレクション
もっと知りたい歌川国芳―生涯と作品

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  • サイズ B5判/ページ数 95p/高さ 26cm
  • 商品コード 9784808708405
  • NDC分類 721.8
  • Cコード C0071

目次

第1章 生い立ちより豊国入門まで(「採芳舎」落款の頃;初期の話題作)
第2章 画壇への登場(出世作「水滸伝シリーズ」;江戸っ子への共感;風景画もまた魅力)
第3章 これぞ国芳、これも国芳(絶頂期の武者絵;名デザイナー国芳;子どもたちの情景;捨てたもんじゃない国芳美人;日蓮の一代記;動物見立て;風刺画も国芳流)
第4章 国芳の新機軸―パノラマ大画面(大波のオーケストラ;庶民に流行した神様たち;江戸の元気な女たち;ユニークな役者絵;顔を見せたがらない国芳師匠)
終章 病に倒れても―

著者等紹介

悳俊彦[イサオトシヒコ]
洋画家、国際浮世絵学会会員。1935年、東京に生まれる。1958年、武蔵野美術学校洋画科卒業。1961年、夢土画廊にて初個展。1970~74年、日本橋画廊にて個展。以降、各地で個展、グループ展を開催。1978年、『悳俊彦画集』刊行。1983年、風土会入会。浮世絵研究も手がける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

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ヴェネツィア

235
国芳の絵を見ると、4世鶴屋南北との相通性に思いが至る。生まれは32年も大南北が早いが、それでも彼らは同じ時代を生きていた。彼らは、まさに日本の世紀末ともいうべき幕末を生きたのである。『東海道四谷怪談』の初演は文政8(1825)年、国芳が28歳の時である。そんな風に思うのも、国芳の絵には大首絵や美人画がなく、その多くは画面上に何人かの人物、または群衆を配しているからである。つまり、彼の絵は何とも劇場的なのだ。そして、構図も思い切った大胆さだ。しかも、常識を突き破ったグロテスクの美意識に彩られているのである。2015/05/26

かっぱ

32
【図書館】武者絵の迫力、妖怪のおどろおどろしい姿、擬人化された動物たちのかわいらしさ、江戸の風俗のおかしさ、美人画にみられる艶、これらは、親分肌の潔さ、反骨精神、茶目っ気、人や動物への愛情の深さ、などすべて国芳という人となりがそのまま絵画の世界にも現れているようだ。2014/11/27

どぶねずみ

30
何か美術作品を覚えてみようか?と思ったときに手にしたシリーズだが、今ではすっかりお気に入りの画伯や絵師を見つけ、人名検索して読んでいる。改めて歌川国芳という人の本ばかりを読み漁って見ると、作品が重複するばかりでなく、見たことのない作品がまた現れ、再びこの人の作品を好きになる。多用なジャンルを書いていた国芳だが、水滸伝の挿絵だとか、妖怪だとかに手掛けていたというのは、また私が新たに知った面白いエピソードだ。2019/07/13

たかしくん。

26
一時期「スカイツリーを予言した絵」として話題になった「三ツ股の図」で歌川国芳の存在を知りました。しかし国芳はその程度の画家じゃありませんね。巨大な骸骨が背景の「相馬の古内裏」(しかも骸骨が妙にリアル)、試みに西洋画風を取り入れた「近江の国の勇婦於兼」、あまりにも巨大なパノラマに仕上がっている「宮本武蔵と巨鯨」等。現代の我々が見ても、発想が自由で、画風はもう大胆過ぎるといってよいでしょう。彼こそが、一流の奇才というべき人物でしょうね。2014/08/31

出世八五郎

20
浮世絵師。誰もが一度は眼にしたことがあろう“相馬の古内裏”の人。初代歌川豊国に入門。弟子に月岡芳年、歌川芳艶、落合芳幾などを持つ。歌川派の創始者は歌川豊春(wiki)とある。私のレビュー“小田富弥の世界”を読むと、創始者は歌川春国と記録されてるが、検索しても不明(※私の書き間違いor著者の間違いか?何処かで間違い)。P77に国芳と同時代人の記録がある。葛飾北斎、歌川(安藤)広重、渡辺崋山、渓斎英泉、菊川英山、柴田是真など・・・世界的に高名な浮世絵師が、偶然にも江戸末期に大量に誕生したことは興味深い。2017/01/13

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