内容説明
1932年のトロツキーの主要な目的は、いぜんとして国際左翼反対派(ボリシェヴィキ=レーニン主義者)を建設することであった。スターリン化された共産主義インターナショナルの政策を犯罪的な誤りとみなしながらも、彼の戦略はコミンテルンを国際左翼反対派によって取り替えることではなく、コミンテルンを「改良」すること―すなわち、レーニン主義的路線に沿ってそれを再生し、世界革命を指導する能力をもった勢力としてそれを復活させること―にあった。
目次
1927年11月7日の「反乱」
政治局への手紙
左翼反対派と右翼反対派
内部論争と党機関紙
フランス共産主義者同盟内のユダヤ人グループへの回答
トロツキーからニンへの手紙
ドイツ政府との取り引きはありえない
弱体化しつつあるのは、スターリンなのかそれともソ連邦なのか?〔ほか〕