出版社内容情報
“1982年。
台北のカフェ、明星珈琲館で
私はこの人と出会った――。”
『恋恋風塵』『悲情城市』など、
不朽の名作の数々を侯孝賢とともに創り上げてきた
女流作家、朱天文が描く
「台湾映画がもっとも輝いていた、あの日々」
台湾ニューシネマのミューズによる、珠玉のエッセイ集。
侯孝賢と歩んだ台湾ニューシネマ時代/写真が語るあの時 この想い/侯孝賢を語る・侯孝賢と語る
解説 宇田川幸洋
カバー写真・撮影 エドワード・ヤン
十一月二十七日の早朝、私は侯さんと基隆〈ルビ:キールン〉路と辛亥〈シンハイ〉路の交差する十字路で待ち合わせ、脚本を手渡した。侯さんはレンガが残る道の路肩でバイクを停め、脚本を受け取って、そのまま役者の衣装合わせの写真撮影に向かった。急に寒くなったあの日、侯さんは長袖のシャツの上にカーキ色のアーミーベストを着ていた。ラッシュアワーの車の流れは絶え間ない。彼は横断歩道を渡ってバイクのところに戻っていく。アーミーベストが風をはらみ、帆のようにパンパンにふくらんだ姿が車の流れを縫っていく ――本文より
■侯孝賢(ホウ・シャオシェン)とは
世界にその名を知られる台湾映画界の巨匠。1980年『ステキな彼女』で監督デビュー。『童年往事』『恋恋風塵』などの傑作を放ち、エドワード・ヤンらと共に1980年代台湾映画界の新潮流である台湾ニューシネマ(新電影)を担った代表的な監督の一人とされる。89年『悲情城市』でヴェネツィア映画祭グランプリを受賞、世界中から注目を集める。その後も『戯夢人生』『フラワーズ・オブ・シャンハイ』『百年恋歌』など高評価の作品をコンスタントに発表。現時点での最新作『黒衣の刺客』(2015)でカンヌ映画祭監督賞受賞。 2020年 、中華圏で最も権威ある映画賞である金馬奨で生涯功労賞を受賞している。
内容説明
“1982年。台北のカフェ、明星珈琲館で私はこの人と出会った―。”『恋恋風塵』『非情城市』など、不朽の名作の数々を侯孝賢とともに創り上げてきた女流作家、朱天文が描く「台湾映画がもっとも輝いていた、あの日々」。台湾ニューシネマの美しき才女による珠玉のエッセイ集。
目次
第1章 侯孝賢と歩んだ台湾ニューシネマ時代(映画界へ―侯孝賢監督と運命の出会い;私たちの安安―『冬冬の夏休み』;初めての侯孝賢論 ほか)
第2章 写真が語るあの時この想い(サンプラスとチーター;『憂鬱な楽園』とコッポラの『雨のなかの女』;『好男好女』の“好男”―医師 蕭道應 ほか)
第3章 侯孝賢を語る・侯孝賢と語る(侯孝賢の映画と女性像―フランスの『カイエ・デュ・シネマ』誌によるインタビュー;『フラワーズ・オブ・シャンハイ』の撮影―「張愛玲と現代中国語文学」国際学術シンポジウムでの講演;この好天気、誰が名づける―朱天文・侯孝賢対談)
著者等紹介
朱天文[チューティエンウェン]
台湾の作家、脚本家。1956年、高雄鳳山生まれ。『風櫃の少年』から『黒衣の刺客』まで、侯孝賢作品のほぼ全作の脚本を担当。小説では、短篇『小畢的故事(小畢“シャオビー”の物語)』が台湾ニューシネマ誕生のきっかけとなった
樋口裕子[ヒグチユウコ]
翻訳家、エッセイスト、早稲田大学非常勤講師。字幕翻訳者・映画関係の通訳者としても活躍
小坂史子[オサカフミコ]
映画制作会社「四面楚歌」の代表。侯孝賢やエドワード・ヤン作品の字幕翻訳を多く手掛ける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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