内容説明
人間内部の意識の暗闇にひそむ「黒い天使」。その翼のはばたきが導くのは、絶望か、それとも生の希望か。イタリアとポルトガルの暴力にみちた現代史の暗部に対峙し、黒いリアリズムで塗りつぶされた、タブッキの、もうひとつの小説世界。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
zirou1984
48
タブッキの魅力と言えばまずはペソアに影響された私でないわたしを軸にした無限に広がる夢幻の世界だが、時にタブッキはもう一つの顔を覗かせる。それは『供述によるとぺレイラは…』に象徴される、政治的不安定さがもたらす不条理、知らず知らずのうちに八方ふさがりになってしまう不穏な世界観だ。そして本作の短編集では、その両者が時に入り混じり、時に不機嫌な形で夢が現実と同居しようとしている。詩情が深い闇と触れ合うかのような本作は、読み進めていくことでその表題へのイメージが移り変わってゆく。黒い天使が私の中で形を成してゆく。2016/06/11
内島菫
33
これまで読んだタブッキ作品の中で最も好みに合った。そもそも歴史は一直線上を流れる西洋的な時間であり、その直線状に沿って結果(未来)から原因(過去)へと逆流している地下の歴史の流れに耳を澄ます、黒い天使とはそのような流れの音を、リチェルカーレ(探求)あるいはレクイエムに変換する媒介者なのだろうか。最初の短篇「何とは言えない何かによって運ばれる声」と第二の短篇「夜、海あるいは距離」に同じ名前の人物が出てくるので、第三の短篇「「ふるいにかけろ」」を読むまでは本書が短篇集であるとは思わなかった。2018/03/16
夏
26
哲学的な6編の短編集。面白かったけれど、わたしはこの物語達の持つ意味を、全く理解していないのだろうなと思った。6編の短編にはいずれも題名の通り黒い天使が登場する。ただ、黒い天使の姿は物語によって違う。タブッキの天使たちは人間内部の意識の暗黒に潜んでいる。それはタブッキの内部だけではなくて、全ての人間の内部に潜んでいるだろう。いつもは姿を見せなくても、ふとした瞬間に少しだけ顔を覗かせているのを発見した経験が、誰しもあるのかもしれない。内部に潜んでいる黒い天使に心を支配されないように、気をつけなければ。2024/02/25
やまはるか
22
「ルクーレッィアは彼と腕を組んだ。海がきれいで、青いテーブルのように見えた。きみは早死にした、と彼は言った。四十年後にわたしがどんな詩人になるか君は知らない」「インターホンが鳴った。彼女だった。石のあいだを跳ねる鱒はあなたの人生をわたしに思い出させる、と美しく若々しい声で言って、インターホンを切った。」時間がどちらに向かっているか分からない。全体を読めば何かが浮かび上がってくるかと思いながら読んだが、共通項らしいのは魚くらいだった。短篇集なのにそうと決めつけられない難解さから最後まで抜け出せなかった。2024/04/17
ぞしま
19
妙味のある文章…最高でした。「石のあいだを跳ねる鱒はあなたの人生を思い出させる」は傑作と思います。 詩が、エクリチュールが、嘘偽りであり、罪だと告げるシーンの切実な誠実さには、たましいの内奥が震える感銘があった。まさにその通り、そこから始めなくてはならない。本作は、何を、より、いかに、という点に語りの軸足を置いたタブッキ…といつものように私はこの作品を捉えていたが、その峻別は必要ないかもしれないとも思い始めた。タブッキの語ることは一つに収斂するかもしれない、そんな訳ないが、そんな予感も少し。2016/03/13