日本の心理療法 自我篇

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  • サイズ A5判/ページ数 199,/高さ 22cm
  • 商品コード 9784788514935
  • NDC分類 146.8
  • Cコード C3011

内容説明

日本人の心の在りようにおける“わたくし”とは。能楽や和歌、仏教思想など日本独自の文化的背景から、心理学や精神医学が西洋から輸入される以前の「日本人らしさ」への接近を試みる。

目次

自我篇―非・西欧的“わたくし”をめぐって
第1章 能の“わたくし”をめぐって(『草枕』と能;能の“わたくし”)
第2章 仏教の存在論と日本的じぶん認識(古代インド思想界におけるじぶん認識;仏教における存在論とじぶん認識―「自己」から「自己=わたし」へ ほか)
第3章 ポーランドと非・西欧をめぐって―視覚芸術を中心に(ポーランドの視覚芸術;ポーランドにみる非・西欧的な“わたくし”)
第4章 和太鼓演奏における「私性」―非我と無我を経て:息的主体とその在り方(和太鼓演奏における体験―演奏者の語りを通して;同期現象より―息的主体に思いを馳せるために ほか)
自我篇―ディスカッション
終章 水の我(西洋との「文化差」;日本人の「我」)

著者紹介

秋田巌[アキタイワオ]
高知医科大学卒業。博士(医学)。精神科医、臨床心理士。チューリッヒ・ユング研究所にてユング派分析家国際資格取得。現在、京都文教大学臨床心理学部教授、臨床物理学研究センター長

小川佳世子[オガワカヨコ]
同志社大学経済学部卒業。歌人、能楽研究者。大手前大学大学院で能の研究を行い、天野文雄の指導を受ける。未来短歌会に入会し、岡井隆に師事。現在、京都造形芸術大学非常勤講師。著書は『ゆきふる:歌集』(ながらみ書房、第24回ながらみ書房出版賞受賞)、『水が見ていた:歌集』(ながらみ書房、第33回現代歌人集会賞受賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

出版社内容情報



日本の心理療法 自我篇 目次

はじめに(各篇共通)





自我篇――非・西欧的〈わたくし〉をめぐって



第一章 能の〈わたくし〉をめぐって  小川佳世子

はじめに

 『草枕』と能

 ●「憐れ」という表情 ●『草枕』について ●「わたし」ということ、「近代」ということ

 ●能におけるワキの問題 ●漱石と能 ●「物狂能」としての『草枕』 ●『草枕』の美の特色と能

 ●『草枕』という小説 ●現在の〈わたくし〉

能の〈わたくし〉

 ●能の種類について ●能の中の〈わたくし〉 ●井筒 ●姨捨 ●山姥 ●融 ●江口

 ●能における舞と物狂能の結末について ●物狂能の結末および面についての考察

 ●草木国土悉皆成仏

おわりに



第二章 仏教の存在論と日本的じぶん認識  手嶋英貴

序説――本稿の問題意識

 ●「わたし/I」と「自己/self」 ●原日本的じぶん認識――存在論的「自己」の不在

 ●仏教の存在論と日本的じぶん認識

古代インド思想界におけるじぶん認識

 ●バラモン教のじぶん認識――「わたし」から「自己」へ

 ●ウパニシャッドの存在論とじぶん認識――一元論の「自己」

 ●サーンキャ説の存在論とじぶん認識――二元論の「自己」

仏教における存在論とじぶん認識――「自己」から「自己=わたし」へ

 ●説一切有部の存在論とじぶん認識――実在的多元論の「自己」

 ●唯識説の存在論とじぶん認識――仮設的一元論の「自己」(仮象の「自己」)

 ●中観派の存在論とじぶん認識――中なる「自己」

 ●法身説の存在論とじぶん認識:人格的一元論の「自己=わたし」

仏教受容初期における日本的じぶん認識の変容

 ●『万葉集』成立期の仏教教理学と日本的じぶん認識

奈良時代後半から平安時代前半に伝来した仏教の存在論

 ●華厳の存在論 ●法相の存在論 ●天台円教の存在論

 ●東密(真言密教)の存在論 ●台密(天台密教)の存在論

平安時代以降の日本的じぶん認識 

 ●草木成仏説の日本的展開――人格的自然一元論の形成 ●日本的じぶん認識の諸相

おわりに――現代日本の死生観の底流 



第三章 ポーランドと非・西欧をめぐって――視覚芸術を中心に  加須屋明子

はじめに

ポーランドの視覚芸術

 ●政治的・社会的背景 ●第二次世界大戦後の芸術家たち ●ミロスワフ・バウカ 

ポーランドにみる非・西欧的な〈わたくし〉



第四章 和太鼓演奏における「私性」

     ――非我と無我を経て:息的主体とその在り方  清源友香奈

はじめに

本稿における西欧的自我について

 ●本シンポジウムにおける発表の位置づけ ●心的な構造としての自我(ego)

和太鼓演奏における体験――演奏者の語りを通して

 ●我を出さないこと――非我的体験 ●息を合わせること――無我的体験

 ●息的主体 ●西欧的自我と和太鼓演奏者の体験

 ●和太鼓演奏における「私性」 ●日本人の心――非西欧的〈わたくし〉とは

同期現象より――息的主体に思いを馳せるために

息的次元に開かれていながら、個で在り続けるということ

おわりに



自我篇――ディスカッション



終 章 水の我  秋田 巌

はじめに

 ●日本人の自我と西洋人の自我 ●日本人にとって自我は自明か? ●最深層では同じ

西洋との「文化差」

 ●西洋人の自我 ●耳と口 ●「骨格」 ●文化的無意識 ●中世的自我 

日本人の「我」

 ●「和食」という「神社」 ●物事を完成させる ●水の我 



おわりに

事項索引

人名索引



■装幀 虎尾 隆

秋田 巌[アキタ イワオ]

小川 佳世子[オガワ カヨコ]