加害者からの出発

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  • サイズ B6判/ページ数 385p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784787714039
  • NDC分類 519
  • Cコード C1336

出版社内容情報

自分が工場から流した水銀は大丈夫だったのか――? 第3巻では、幼少期からの自らの歩みを振り返り、科学者としての悔恨を記し、巨大技術文明がもたらす歪みを乗り越えた、やわらかな適正技術のありようを提言する。付、年譜・主要

内容説明

「公害問題というのはだいたい専門の隙間から出てくる」―。工場から水銀を流した加害者の一人、技術者としての悔恨を記し、巨大技術文明を乗り越えた、ゆるやかな適正技術のありようを提言する。

目次

1 ある化学技術者の足取り
2 住民運動の作る科学
3 適正技術の考え方
4 水とともに歩む―下水道と私
5 沖縄の開発と環境
6 本と人に学ぶ

著者等紹介

宇井純[ウイジュン]
1932年6月25日、東京に生まれる。1956年、東京大学工学部応用化学科卒業。日本ゼオン株式会社に入社。1960年、東京大学大学院応用化学修士課程入学。工場勤務時代に水銀を扱っていた経験から、1959年に水俣病の水銀原因説を聞いて強い衝撃を受け、以後一貫して水俣病の原因究明と被害者支援活動に力を注ぐ。1965年、東京大学工学部都市工学科助手。1970年から1985年まで、同大学で自主講座「公害原論」を主宰。1986年、沖縄大学法経学部教授。2003年、同大学名誉教授。2006年11月11日、逝去

藤林泰[フジバヤシヤスシ]
1948年、山口県生まれ。目下の関心は、重なり合いながら地域を支える多様なコミュニティの形成史。立教大学共生社会研究センターに保管されている「宇井純公害問題資料コレクション」は貴重な手がかりとなる

宮内泰介[ミヤウチタイスケ]
1961年、愛媛県生まれ。自主講座「反公害輸出通報センター」元メンバー。現在、北海道大学にて環境社会学の研究・教育にたずさわる

友澤悠季[トモザワユウキ]
1980年、神奈川県生まれ。主な関心は、戦後日本における公害・環境思想史の再構成。2006年5月、病院で初めて宇井さんにお会いし、日本の公害研究史の捉え方について示唆をいただいた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

更紗蝦

12
この本のタイトルの「加害者」とは著者自身を指します。著者が水俣病の存在を知った時、かつて勤めていた工場(日本ゼオン)で何の疑問も持たずに水銀を垂れ流していたことを思い出し、水俣病と水銀の関係を調べる決意をしたのだそうです。著者は公害について書かれた論文が読むに値するかどうかの判断基準に「歴史的な考察があるか否か」「科学者としての反省の表明があるか否か」の二つを上げており、これはノンフィクション系の書籍全般に当てはまるのではないかと思いました。2016/09/16

Hiroki Nishizumi

3
実に良かった。主題である公害もだが、折々に挟まれている思想に感銘を受けた。世の矛盾の苛立ちに「神様が見てるよ」と言われ鎮まる経験。論文を読む基準として、歴史的考察があるか否か、公害の激化について科学者としての反省があるやなしや。また新石垣空港の失敗を始めとする沖縄の諸問題など、幅広く参考になった。2014/10/04

coolflat

3
本書は水俣病などの公害病よりも、著者の関わった下水道や汚水処理技術について特に記述が割かれている。ところで水俣病を初めとする数々の公害病の悲劇を繰り返さないために必要なことは、公害の歴史を学ぶことだと著者は言う。日本の公害の歴史は1960年代からではなく、約100年前の足尾鉱毒事件から始まった。足尾鉱毒事件の敗北の後、大正の公害運動において一定の成功を収めた時期があったと言う。その運動の成功体験を学ばなかったがために、水俣病を初めとするたくさんの公害が、取り返しのつかないまでに進行し、激化したのである。2014/09/28

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