山本正美治安維持法裁判陳述集―続/山本正美裁判関係記録・論文集

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山本正美治安維持法裁判陳述集―続/山本正美裁判関係記録・論文集

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  • サイズ B5判/ページ数 524p/高さ 27cm
  • 商品コード 9784787705020
  • NDC分類 309.31
  • Cコード C3031

内容説明

党再建のためモスクワから密帰国した日本共産党委員長が天皇制国家の法廷で堂々開陳した革命戦略の詳細な記録。

目次

第1部 山本正美治安維持法裁判陳述(日本資本主義史概略;詳述・三二年テーゼ;本論のための覚書)
第2部 コミンテルンと日本共産党と山本正美

著者等紹介

山本正美[ヤマモトマサミ]
1933年期の非合法日本共産党中央委員会委員長。1906年、高知県中村生まれ。22年高知市に出て水平社運動に加わる。25年、評議会大阪一般労働者組合創立に加わり常任執行委員・政治部長・教育出版部長。26年、日本からソ連へ密出国、27年から29年までクートベに学ぶ。在学中の27年7月にソ連共産青年同盟員になり、29年にはソ連共産党に入党。31年秋からのコミンテルンによる日本共産党の「32年テーゼ」作成にあたっては、コミンテルン東洋部の小委員会で策定作業に従事、「アキ」の名で『インプレコール』や『カー・イー』誌に執筆して、日本人共産主義者で唯一の実質的テーゼ策定参画者となった。33年はじめに野呂栄太郎らと日本共産党中央委員会を再建、委員長になった。33年に検挙、43年に減刑で11月満期出獄。戦後は獄中結婚した菊代(旧姓、橋本)とともに日本共産党に再入党、北海道新聞論説委員として東京総局に勤務、湯本正夫の筆名で『東京新聞』『潮流』『民主評論』『前衛』などの紙誌で社会主義革命論を展開。57年に日本共産党東京都委員・組織部長になったが、62年に除名され、社会主義革新運動結成に参加し、その後労働者党、統一労働者党、共産主義労働者党、新民主主義連合結成に参加、69年労働運動研究所創立に参加し、理事として活躍した。1994年9月19日死去
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