出版社内容情報
東京大学 人気講義「死生学入門」を、この一冊に。
日本人らしい死・美しい死
ピンピンコロリ・メメントモリ
輪廻転生・極楽浄土……死の規範から、自由になれ。
■この教室で考えること
・死に方に美しさはあるのか
・なぜ生命は死ぬのか
・そもそも、生まれないほうがよかったのか
・安楽死をどう考えるか
・死は経験できるのか
・死だけが人間を考えるのか
・現代人は死後の世界を信じているのか
――本文冒頭より
本書は、著者が一方的に死について教える本ではありません。
「死を考える教室」という仮想空間の中で、読者には私の学生になってもらいます。
そして、私との対話を通して、一緒に「死を考える教室」を作ってもらいたいと思います。
本書では、各節の冒頭に問いかけを置き、それに答えるという形式をとりました。
さらに、学生や一般読者から出てきそうな疑問を、「質問!」として置きました。
各講は三つの節から構成され、講の最後には、一人ひとりで考えてほしい発展的な問い、
つまりオープンクエスチョンを置いています。
一般的な問いから始まり、それに対する一般的な答えが示される。
そこに読者からの問いが加わり、著者からの答えが示される。
そして最後には、読者と著者がともに考える「終わりのない問い」が残される。
本書は、そのような対話的な連関から構成されています。
ですから、本書は死についての結論を押しつける本ではありません。
死について、読者とともに考えるための「教室」です。
それでは、最初の問いから始めましょう。
【目次】
【Ⅰ 死と生の学問】
第1講 死を考える教室
社会は死について教えてくれない/その時より前に、じっくりと考えておく/文化的価値観からの影響
第2講 死生学とは何か
「マニュアル」を超えて考える/死のリテラシーを高める/臨床系と人文系の死生学
【Ⅱ 死の哲学】
第3講 死は経験できるのか
暗いイメージ、明るいイメージ/死の経験不可能性/臨死体験が見せる「死後」
第4講 誰にでも訪れる死
死の概念の発達過程/一人称の死、二人称の死、三人称の死/生命のなかにあるプログラムされた死
第5講 死を考える人間
他の動物における死の現象/人間は「死に向かう存在」である/厭世主義と自殺
第6講 哲学と宗教のアプローチ
反出生主義/哲学は死の練習/死に慣れ親しむための宗教
【Ⅲ 死と文化】
第7講 物語のなかの死
死への馴致としての遊び/カタルシス説/恐怖管理理論とエンタメの間で
第8講 メディアのなかの死
攻撃性をめぐる論争/死のポルノグラフィ/死はタブー視されるだけでなく、表現される
第9講 死の考古学
突然死を集団で受け止める/洞窟絵画を生み出す短命社会/縄文人の葬送を読み解く
第10講 死の系譜学
創世記と日本神話に見る「死の起源」/農耕と牧畜の開始/死の専門家の登場
【Ⅳ 死の現在】
第11講 近代世界における死
「死に至る軌跡」のいま/死のリスクに満ちた人生/死の社会モデル
第12講 現代人と死後の世界
死後観の世界地図/土葬から火葬への変化/悲嘆から死者との共同性へ
第13講 未来のための死生学
コロナ禍から考える21世紀型パンデミック/死の自己決定/テクノロジーと不死の未来
〈振り返り〉「死を考える教室」ができるまで
巻末註
索引
内容説明
死は、誰にとっても最終的に無関係ではいられないものです。身近な人の死も、自分自身の死も、避けることはできません。しかも死について考えると、医療、家族、宗教、社会、物語、生きる意味など、多分野にわたってものの見え方が変わります。死を学ぶことは、死についての知識を得るだけでなく、生きている世界の見え方を変えることでもあるのです。東京大学人気講義「死生学入門」をこの一冊に。
目次
1 死と生の学問(死を考える教室;死生学とは何か)
2 死の哲学(死は経験できるのか;誰にでも訪れる死;死を考える人間;哲学と宗教のアプローチ)
3 死と文化(物語のなかの死;メディアのなかの死;死の考古学;死の系譜学)
4 死の現在(近代世界における死;現代人と死後の世界;未来のための死生学)
著者等紹介
堀江宗正[ホリエノリチカ]
1969年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。同研究科附属死生学・応用倫理センター所属。専門は死生学、スピリチュアリティ研究。2008年、博士(文学)取得。聖心女子大学文学部准教授、東京大学大学院人文社会系研究科准教授を経て、現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。



