出版社内容情報
《国宝》という概念を最初に伝えた明治期の「お雇い外国人」……日本美術の紹介者アーネスト・フェノロサ。その傍には常にハーンにも認められた文学者メアリー・フェノロサがいた。ともに考え行動した女性が克明に綴った日記がいま蘇る。美術学校の教え子の岡倉天心はじめ、ラフカディオ・ハーン、津田梅子等、多数の文化人、政財界人が登場する時代を超えた稀有な記録。
【目次】
序文 岡部昌幸(日本フェノロサ学会会長)
第1部 九段の仮寓と富士山
――1897年〔明治30〕4月14日~9月1日
第2部 フェノロサの職を求め岡倉天心、嘉納治五郎ら奔走
――9月2日~12月31日
第3部 天心の東京美術学校辞職と津田梅子との出会い
――1898年〔明治31〕元旦~5月6日
第4部 ラフカディオ・ハーンとの交流
――5月7日~8 月13日
解説 大久保美春(比較文学者)
内容説明
『國寶』という概念を日本に最初にもたらした明治期の「お雇い外国人」、アーネスト・フェノロサ。その傍にはハーンにも認められた文学者メアリーが常にいた。共に行動した女性が天心らとの交流、日本の四季、日々の生活を克明に綴った歴史的日記。
目次
第一部 富士の見える仮寓での新しい生活―一八九七年(明治三〇)四月一四日~九月一日(明治三〇年四月、上野の花見;リゾート箱根 ほか)
第二部 岡倉天心、嘉納治五郎らフェノロサの職を求め奔走―九月二日~一二月三一日(台風、お濠端の眺望;浮世絵版画の分割、小説執筆とプレザーブ作り ほか)
第三部 天心の東京美術学校校長辞職と津田梅子―一八九八年(明治三一)元旦~五月六日(一八九八年元旦;小正月、大雪、高等師範学校開講 ほか)
第四部 ラフカディオ・ハーンとの交流―五月七日~八月一三日(ハーンとの交遊、米西戦争開戦;アン・ダイヤーをめぐる三角関係 ほか)
著者等紹介
村形明子[ムラカタアキコ]
1941札幌生まれ。1964年東京大学教養学部教養学科卒、スミス・カレッジを経て、1971年ジョージ・ワシントン大学Ph.D(アメリカ研究)。京都国立博物館を経て、1978年京都大学助教授、教授(比較文学・比較文化)、2004年~名誉教授(人間環境学研究科)。1980年日本フェノロサ学会創立幹事/編集委員、会長(2003~09)。2017年、病のため死去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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