出版社内容情報
「みなが讃辞を送る幸恵とは違う幸恵が存在していることが最近ようやくわかってきたのです。もう一人の幸恵について語ります」
アイヌ文化を研究してきた富樫氏、最後の著作。立命館大学・崎山政毅氏が『異郷の死、知里幸恵、そのまわり』(人文書院、2007)の中で「知里幸恵をあえかなる生の美談に押し込めてはならない」と述べたが「あえかなる」は「か弱く美しい」の古語。これは一つの警告と受け止めてよい。知里幸恵ほど死後に多くの人(日本人、アイヌ、外国人等)に語られた人はいない。その多くが日本人の学者、研究者などによって描かれた「清く、美しく、キリスト教信者、稀な文才、日本語とアイヌ語の二つの民族の言語を操る人、病弱、早逝」と書かれてきた。その底には「あえかなる」といった、執筆者や読者の主観が常に流れていたことは否定できない。そのイメージは神秘的な像となってしまった感が強い。アイヌであるけれども日本人、アイヌではない人、別な人、特別な人との人物感が、幸恵を読む人の都合次第でイメージ化されてきた。そして「アイヌ神謡集」序文の美しい日本語の適格な表現がいっそう読者の共感を呼び感動させた。幸恵が遺した、読者に訴える、その声が胸に響くような名文は決定的に読む者の心を捕えた。アイヌ民族が信じた、カムイモシリから一人の女神が地上に降り立ち、19年の短かい生涯で、アイヌ民族の誇らしい民族文化を文字に遺した人ではないかと信ずる者さえ出てきた。しかし、それまで、日の当たらぬ道なき道を歩いてきた多くのアイヌ同胞の、苦難の歴史は消え失せてしまっている。特権化された一部への賞賛は、外野席からアイヌを見る日本人(シャモ)の群れには格好の見せ物となっているだけであり、日本人は、鑑賞し、賞讃し、記念館を建築、運営しと、内実は正反対であるにも関わらず、外面的には協力し続ける態度を取ることで、私を含めたシャモの加害の罪(土地侵略、文化破壊、生存権剥奪、民族差別政策等)が消え去ると錯覚しているのではないか。幸恵はアイヌとしてどれだけ差別に悩み苦しんだか、そしてどれだけ人を愛したか、また自分の子を産みたいと思っていたか、母になりたくてもなれなかった悲しみの姿も消えてしまっているのである。時代を経て、憶測、創作等が通じなくなるような別な資料が発見されている現在、事実誤認の訂正をしておかなければ、著者の意図するアイヌ文化研究は「学」として成立しなくなるところまで来ている。そんな意図をこめて本書は世に送られることとなった。
【目次】
内容説明
「みなが讃辞を送る幸恵とは違う幸恵が存在していたことが最近ようやくわかってきたのです。もう一人の幸恵について語ります」永年アイヌ文化を研究し続けてきた著者渾身の書。
目次
一 二枚の表紙について
二 幸恵の年譜
三 『アイヌ神謡集』の初版本
四 『アイヌ神謡集』の序文
五 幸恵のノートについて
六 アイヌの宇宙観
七 ジョン・バチラーの布教と讃美歌
八 初山別と紅すずらん(地名と説話)
九 幸恵・神謡集はどう語られたのか
十 『アイヌ神謡集』に関わった多くの日本人
十一 藤本英夫の著作から
十二 中井三好『知里幸恵 十九歳の遺言』(彩流社)
十三 その他多くの人たちの幸恵観
十四 「異郷の死、知里幸恵・そのまわり」
十五 知里幸恵の日記・手紙から
十六 もう一人の知里幸恵
附録1 知里幸恵の手紙・日記に出て来る主なアイヌ語
附録2 小さなノートに書かれていた日記と意味不明の絵
附録3 知里幸恵 生誕百年を祝して(楽譜)
著者等紹介
富樫利一[トガシトシカズ]
1932年北海道生まれ。夕張北高等学校卒業後、登別市役所勤務を経て、アイヌ文化アドバイザーとして活動を続け、アイヌ文化とアイヌの自立、復権について講演活動を行った。また、子どもたちへのアイヌ口承文学の読み聞かせ活動にも取り組んだ(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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