映画が始まるところ

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  • サイズ B40判/ページ数 261p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784773626094
  • NDC分類 778.04
  • Cコード C0074

出版社内容情報

個的映画論『ドキュメンタリー映画の地平』で各紙誌の様々な反響を呼び、映画『SELF AND OTHERS』『まひるのほし』『花子』などの作品で注目を集める気鋭の映画作家のエッセイ集。「映像が映画として成立しうる在り処」について、評論家とはふた味も違う視点で切り込む。そこには、映画作りの現場体験にもとづく作り手としての確信と、処女作『阿賀に生きる』から10年経てもなお、ドキュメンタリー映画の確立をめざして格闘し続ける表現者の意地と葛藤がクロスする。

第一章 映画は時代を写す鏡である

鮭ものぼればウグイも泳ぐ[『阿賀に生きる』]
甦った舟大工の技と魂[『阿賀に生きる』]
長谷川さんの山田んぼ[『阿賀に生きる』]
ミナマタを今さら悲劇のシンボルにするな
石牟礼道子作『苦海浄土』を読む
テレビのない暮らし
競輪界の疾風怒濤 太田真一讃歌
欲望の果てまでも
モノカルチャーとバナナ[『日本NGOとバナナの一〇年』]
「バナナ研」はどこへ?
『阿賀に生きる』から十年

第二章 映画的意志は細部に宿る

映画そのものの本源的な力を見直そう
「水俣病の映画なのに面白い」って言われたが……[『阿賀に生きる』]
映画は〈意義〉に殉じてはならない[『柳川堀割物語』]
東北の壁[『無辜なる海』『ニッポン国古屋敷村』『阿賀に生きる』]
饒舌より寡黙を、音楽より物音を[『音のない世界で』]
ロシアの大地の「いちげこき」[『ナージャの村』]
映画の中の表情の輝き
静寂と爆音 クリス・マルケルとヨリス・イヴェンス[『ベトナムから遠く離れて』『北緯一七度』]
善意と悪党 マフマルバフとキアロスタミ[『カンダハール』『ABCアフリカ』]
絵画の〈リアル〉
明治の痕跡・阿賀の記憶 石塚三郎のガラス乾板


『阿賀に生きる』(一九九二年)が完成してから十年が過ぎた。この間、私なりに映画についてイロイロ考える機会があり、折りにふれてアチコチの媒体にエッセイ風の雑文を書き散らしてきた。なにしろ寡作だけが取り柄の映画監督である。原稿を依頼する側にしてもそれを引き受ける私の側にも、時間的制約や断われる大義名分などありはしない。しかも、私の筆は、ひとたび走り出すと、オイソレとは止まらない悪い癖がある。この十年で築き上げた雑文の山の物量は、私ながら辟易するほど膨大なものになった。(中略)
 改めて読み直してみると、文章上の過誤だけでなく、考えの甘さや思想の脆弱さに恥ずかしくなって、どうしても赤字を入れたくなる。ものによっては、初出の文章が原型を留めないほど加筆訂正した文章もある。こうして私のはじめてのエッセイ集というべき本書ができあがった。
 自作のフィルモグラフィーを整理していて、自分で思っていたより意外に作品数が多いのに驚かされた。ドキュメンタリー映画として劇場公開された作品は僅か四本ではあるが、テレビ・展示映像・個人映画から編集・構成作品まで含めると全部で二十二本になる(二六一頁に一覧掲載)。もちろん売れっ子の映画しかかってきた。八十歳近くの三組の老夫婦が主人公の映画であるから、いずれは今生の別れの日をむかえざるをえない。一方、映画『阿賀に生きる』のほうは、ますます独り歩きを続け、勝手に遠くまで出かけては、今も人々の琴線に触れ続けている。このように映画と現実は乖離を始め、その溝はますます深くなっていく。その亀裂を見つめながら考えた由無し事がこの章に書き連ねてあることだ。
 この十年で水俣病をめぐる政治情勢も大きく様変わりした。水俣病問題の「和解」(一九九五年)という政治決着の場面でも、公式発見から四十年という節目でも、マスメディアが生み出すイメージ(映像)と現実との乖離はますますひろがり様々な亀裂を生み出している。また、バナナという作物の歴史と流通を見つめていっても、世界中に陥没している無数の溝や亀裂が見えるはずだ。いや、そんな遠くに出かけなくても、写真と映画のあいだにも思いのほか大きな溝がポッカリと口をあけている。そうした亀裂に切り裂かれながらも、今、阿賀の地で再び新しい映画を撮ろうと準備を始めたところだ。
 第二章「映画的意志は細部に宿る」は、折りに触れて書き散らしてきた映画批評や映画論の文章が収められている。せているテレビの現場で私のような我が儘極まりない映像作家が仕事を与えられる機会はほとんど皆無である。そのため、ごまめの歯ぎしりにすぎないが、折りに触れテレビ批判をくり返してきた。だが今は、襟を正して草創期のテレビに謙虚に学ぶ必要を痛感している。公正中立を旨とするテレビの世界で常に映像作家の主体性を主張し続けてきた牛山純一プロデューサーの仕事を見直す機会が与えられたからだ。牛山の遺した膨大な作品群を見通すだけで何年かかるか分からないが、いずれ何らかの作品にまとめようと「テレビドキュメンタリー研究会」はその長旅の船出を始めたところだ。
 第三章「心の奥底にひろがるカオスの海へ」には、アートと写真について考えてきた文章が収められている。
 『まひるのほし』(一九九八年)は、知的障害者のアートというテーマとはじめて出会った映画であったが、以来この世界にすっかり心を奪われてはまりまくっている。正常と異常、常識と非常識の境界線上を漂う知的障害者の表現行為は、この社会に蔓延する無数の固定観念を小気味良く引っくり返す力をもっている。その小気味良さに魅かれて付き合いを深めているうちに、現代アートの作家との交流も随分と生まれた批評性がある。実現できているか否かは別にして、文章を書く時も、私は笑いがとれるかどうかを一つの規範にしたいと心がけてきた。扱うテーマがどうしても固いものになり、ドキュメンタリーをめぐる批評文が多いため、ゲラゲラと笑うような文章はとても書けるとは思わない。それでも、どこかでクスリと吹き出してもらえれば充分だ。そう願って本書のエッセイをしたためてきた。
 でも結局は、各章の終わりに新作の映画の構想も書き連ねることになり、笑えるどころか随分と重たいものになったのではと気を揉んでいる。本書で笑いのとれなかったリベンジは、映画が完成した暁に作品の中身で返さねばなるまい。

本書は映画解説書でも、映画オタク用の本でもない。ドキュメンタリーの核心に迫ろうと日々呻吟する作家の「つぶやき」の書であり、「反定義」の書である。

内容説明

個的映画論『ドキュメンタリー映画の地平』で様々な反響を呼び、映画『まひるのほし』などの作品で注目を集める気鋭の映画監督のエッセイ集。天啓のように立ち現われてくる何ものかをとらえようと格闘し続ける表現者の心の風景。

目次

第1章 映画は時代を写す鏡である(鮭ものぼればウグイも泳ぐ―『阿賀に生きる』;甦った舟大工の技と魂―『阿賀に生きる』;長谷川さんの山田んぼ―『阿賀に生きる』 ほか)
第2章 映画的意志は細部に宿る(映画そのものの本源的な力を見直そう;「水俣病の映画なのに面白い」って言われたが…―『阿賀に生きる』;映画は意義に殉じてはならない―『柳川堀割物語』 ほか)
第3章 心の奥底にひろがるカオスの海へ(不思議の国のアーティスト―『まひるのほし』;シゲちゃんの現代アート―『まひるのほし』;「限定付放浪」―『まひるのほし』 ほか)

著者等紹介

佐藤真[サトウマコト]
1957年青森県弘前市に生まれ、2歳前に上京。千葉県松戸市の常盤平団地で物心がつき、東京都練馬区石神井で育つ。東京大学文学部哲学科を末席で卒業。在学中より『無辜なる海―1982年・水俣―』(香取直孝)の助監督として水俣の漁村に暮らす。84年、この映画を携えて東北・北海道の自主上映の旅に出て、阿賀野川とそこに暮らす人々と出会い、映画作りを決意する。各務洋一監督に私淑した後、89年からスタッフ7人と新潟に移り住み、92年『阿賀に生きる』完成。初監督作品で国内外の高い評価を受けて戸惑う。その後、テレビ作品、映画の編集・構成、映画祭のプロデュースなど多方面にわたって仕事を展開し、96年には有限会社カサマフィルムを設立するが、すぐに事業の撤退を計る。それでも、『まひるのほし』『SELF AND OTHERS』『花子』と細々とドキュメンタリー映画を作り続けてきた。99年より映画美学校主任講師、2001年より京都造形芸術大学教授として後進の指導にあたる。2001年山形国際ドキュメンタリー映画祭「アジア千波万波」の審査員、2002年8月より文化庁派遣芸術家在外研修員として1年間訪英
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感想・レビュー

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あなた

8
押井や佐藤のようにドキュメンタリーが厄介なフィクションであることを厳しく批判する立場がある。民放もNHKもそうだが、物語性をつけるためにたいてい「欠如の修復=回復」を取ろうとするけれども、それこそがリアルの損ないに他ならない(とくに日テレ・NHKはあくどい)。佐藤のように「わからない」ことの奥行と襞をわからないままにみつめるその泥臭く忍耐強い視線がいま必要とされている。彼がサイードを撮ったときに講演をききにいったが、ナイーヴで朴訥とした語り口だった。2年後、彼はドゥルーズのように飛び降りて死んでしまった。2009/08/21

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