内容説明
飛行時間一九九四時間、戦闘飛行四九五回、うち空戦一〇〇余回。敵機三二機を撃墜した不死身のエースが戦後五十年余をへて初めて綴る感動の空戦記。搭乗員の墓場と呼ばれた落日のソロモン戦線で、その中核となり、米陸海軍航空隊を迎え撃った若きパイロットたちの死闘を描いたノンフィクション。
目次
序章 碧き空のかなたに
第1章 海鷲が飛び立つ日
第2章 空母戦闘機隊は征く
第3章 われ零戦とともに在り
第4章 若き撃墜王たちの挽歌
第5章 傷つき戦い破れて
著者等紹介
杉野計雄[スギノカズオ]
大正10年、山口県小野田市に生まれる。昭和13年、小野田実業学校を卒業、小野田セメント(株)に入社。14年、呉海兵団に志願入団(機関兵)、15年、駆逐艦黒潮艤装員、完成後同艦乗組(厦門作戦参加)。16年、第3期丙種飛行予科練習生、17年3月、大分空戦闘機課程を卒業、6空戦闘機隊員(ミッドウェー海戦参加)。7月、「大鷹」戦闘機隊、10月、大村空教員、11月、佐空戦闘機隊員を経て18年4月、「翔鶴」戦闘機隊員となり、8月にトラック、10月にはラバウルに進出(「ろ」号作戦、マーシャル作戦参加)、12月、新編「瑞鶴」戦闘機隊ラバウル派遣隊員として253空に編入。19年2月、大分空教員、4月、筑波に移動し帝都防衛戦闘機隊員兼務。8月、新設母艦航空隊634空戦闘167飛行隊員(台湾沖航空戦、比島航空戦参加)、11月、比島方面戦闘機隊先任搭乗員となる。20年2月、台中戦闘機隊特攻隊員、3月、博多空教員兼特攻隊員。9月、復員、海軍飛行兵曹長。個人撃墜32機を記録。戦後は妙高企業(株)、小野田市有帆炭坑、小野田市消防本部勤務を経て、28年、海上自衛隊に入隊、操縦士、操縦教官として勤務。46年、三等海佐で定年退官、日本鋪道(株)入社。61年、定年退職。平成11年8月歿(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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