出版社内容情報
蒔田(まいた)広定が1603年に一万石で立藩。現在の岡山県総社市門田に陣屋を置いた。2代定正が弟の長広に三千石を分与し、以後200年以上に亘り旗本に。1863年、12代広孝が江戸市中警備の功績により一万石に高直しされ、再度立藩。京都守護職・松平容保の配下として、京都見廻役に就任。禁門の変で活躍。1866年、長州藩・第二奇兵隊を脱走した兵により倉敷代官所と浅尾陣屋が襲撃される(倉敷浅尾騒動)。戊辰戦争では新政府側に付き、岡山藩と行動を共にした。維新後、広孝は浅尾村長、初代総社町長を務めた。
現在の岡山県総社市門田に陣屋を置いた小藩が辿った数奇な運命 !
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