内容説明
ユダヤ教は行為義認の宗教なのか?そうでなければ、パウロはユダヤ教の何を批判したのか?現代の聖書学に先鞭をつけた稀代の名著、40周年記念版からの待望の翻訳!1977年に発行されるや、「義認論」をめぐってキリスト教界を揺るがし、今も大きな衝撃を与え続ける記念碑的著作。「パウロに関する新たな視点」(NPP)を理解する上で不可欠な書。
目次
導入(新約聖書学におけるパウロとユダヤ教;宗教様態(patterns of religion)の包括的比較
対象文献)
第1部 パレスチナ・ユダヤ教(タンナ文献;死海巻物;外典・偽典;結論―前200年~後200年のパレスチナ・ユダヤ教)
第2部 パウロ(導入;窮状(Plight)に先行する解決(Solution) ほか)
結論(パウロとパレスチナ・ユダヤ教;パウロ、ヘレニズム、ヘレニズム的ユダヤ教)
著者等紹介
浅野淳博[アサノアツヒロ]
関西学院大学教授、京都大学文学部・文学研究科講師。フラー神学校にて神学修士号(1997年)、オックスフォード大学にて哲学博士号(2003年)を取得(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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sayan
22
聖書に言及すれば何でも正当化されるわけではない。むしろ旧約を政治が用いるほど誤読の危険は増す。米国政治は長く旧約を正しい行いをすれば報われる宗教と理解し、努力と成功を神の祝福に結びつけた。この読み方が「選ばれた国」「使命の国家」=神話の成立へ。著者はこれが事実ではないと示した。救いは善行の見返りではない。本来、人々は共同体内にいるという前提で、人は正しくても弱く不完全だが排除されず破滅もしない、と。この理解解釈を外せば、選びは容易に特権に、契約は成功の証拠へ変質する。排外主義が神の名で正当化される瞬間だ。2026/01/18




