出版社内容情報
私の顔はたつた一つだ
君の顔もたつた一つ
だが 同じ希い
同じ怒りに身をふるわす
(「どこかの遠い友に」より)
全国8つのハンセン病療養所入所者73名による合同詩集『いのちの芽』(1953年)が70年ぶりに復刊され、岩波文庫に入ったことで話題を呼んだのは、2024年夏のことだった。そこには、船城稔美(1923-2003年)の詩も5篇収められている。
船城は15歳で入所してすぐ、大人たちにまじって園内誌に詩を書き始めた。79歳で亡くなる前年まで、書き続けた。生前、その詩が世間的な注目を集めることはほとんどなかった。
2023年、国立ハンセン病資料館企画展「ハンセン病文学の新生面――『いのちの芽』の詩人たち』が開催され、船城にかんする重要な(永らく見落とされてきた)事実が指摘された。それは船城が、性的マイノリティだったのではないか、というものだった。
僕は
自分の座席を
さがすのだが
決してみつかつた
ためしがない
仕方がないので
どこにでも おずおず
すわるのだが
すわりごごちが
よかつたことはないのです
(「棘のある風景」より)
ハンセン病患者というマイノリティ集団の中を、性的少数者として生きた詩人。男女二元論や異性愛規範にとらわれない詩を書き、自らの生/性を諦めず、世界とのつながりを、愛と連帯の可能性を、最後まで見失わなかった詩人。
「隔離」という差別的な環境により埋もれ、戦後詩史にその名を刻まれることのなかったその才能に今、はじめてスポットライトが当たろうとしている。
私は 下を向いて
歩くことに
あきあきした
(略)
私は昂然と
頭を上げよう
そして
時雨の冷たさを
額で受けよう。
(「対決」より)
本書は、現在確認されている286編に及ぶ作品群から70編を精選した、初めて公刊される作品集である。世界の片隅でつむがれた言葉を、今を生きるあなたにつなぎたい。
■編者・木村哲也「解説」より
“本書に収録した詩作品は、ハンセン病療養所に隔離された経験がない私にも、そしてどのような性的指向をもつ者であろうと、秩序への違和感を自覚して生きているだれもが共感しうる普遍性をあわせもっている。性の越境者として生き抜いた船城の作品は、時代を超えて読み手を鼓舞するだろう。”
【目次】