内容説明
世界的大文豪トルストイの短編を集めた民話シリーズ。文豪だからと敬遠すとことはありません。100ページ前後で子どもから大人まで楽しめます。
著者等紹介
北御門二郎[キタミカドジロウ]
1913年、熊本県生まれ。東京帝国大学(現東京大学)英文科中退。熊本県水上村湯山にこもり、農業を営むかたわら、トルストイの研究・翻訳にその人生を捧げた。1979年、「トルストイ3部作『アンナ・カレーニナ』『戦争と平和』『復活』」(東海大学出版会)の翻訳により、第16回日本翻訳文化賞を受賞。2004年、死去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ヴェネツィア
294
元はロシアの民話なのだろう。トルストイ作とはいうものの、フォークロアの趣きを強く残している。そて、これもまた3人兄弟の物語である。そして、これまた役立たずだと思われていた三男だけが成功する。例は枚挙にいとまがないが、巷間よく知られたところでは、『3匹の子豚』や『長靴をはいた猫』などがその典型である。若干違っているのは、本作では三男が役立たずどころか、みんなに「馬鹿」と思われているところか。長男のセミヨンは軍人として力(権力)を、次男のタラスはお金を自身のアイデンティティとしている。そして、三男坊の⇒ 2025/01/12
☆よいこ
72
児童書。裕福な百姓に4人の子供がいた。長男セミヨンは軍人、権力が好き。次男タラスは商人、富を求める。三男イワンは馬鹿で愚直、しなければならない仕事はなにがなんでもやり通す百姓。娘のマラーニャは唖(おし)だけど、怠け者が嫌い。老悪魔はこの家族をお互いに憎しみ合わせようと画策し、部下の3人の悪魔をそれぞれに送る。2人の兄は権力と金に踊らされ不幸になる。イワンは愚直にやり通し不幸を気にしない。とうとう老悪魔がでてきて、イワンにちょっかいを出すが…▽戦争について、働くということについて考えさせられる。2021/11/14
キジネコ
54
小説よりも怖い現実の世界の此の頃に憂いを、はらえないでおりますキジの馬鹿は、イワンの住む村に行きたくなって物語を再読いたしました。理解など到底及ばぬし、望まぬのに「何がどうして、そうなった?」と声に出してしまう事件が近く、遠くで起こっています。同じ人間…の一人として心の闇に摺り寄る悪魔、耳元のささやき、悪巧みに正気を失い、欲望の陥穽に落ちてしまう「惧れ」を恐れています。何処まで悧巧になったとしても五十歩百歩の俗人、ならば小さな日常の達成を慎ましく喜ぶ馬鹿な自己でありたい。イワンやバカボンパパの様に。 2018/05/17
Y2K☮
35
有名な短編を北御門氏の訳で。イワンの考え方はあまりにも極端だし、最低限の自衛すらしない絶対的非暴力を肯定するのは難しい。でもいくら偉くて裕福でも食べ物がなければ生きていけない、という忘れがちな真実を思い出す端緒にはなる。衣・食・住は生活の基本。医療や交通機関なども含めたエッセンシャルワークへの敬意と報酬はもっと払われていい。あと本書のメッセージに「仕事以外の時間を充実させる」という視点を加えたらより現代向けにアップデートされると思う。論語、韓非子、マルクスのいいとこどりみたいなイメージで解決策を探りたい。2021/05/14
yumiha
31
えっ⁉トルストイの作品だったの?という驚きから読み直した。小学生の頃に読んだ記憶では、イワンが王女様と結婚するところで終わっていたし、寓話的な物語として受け止めていたと思う。老悪魔がイワンやイワンの国の人々(もやっぱり馬鹿)に翻弄される後半もポイントだったのねん。「頭で働く方が得」という老悪魔に対して、「手にタコのない人には食べ残し」を与えるイワンの妹に共感した。その通り!第一次産業に従事する人達が、もっともっと評価されるべきと常々思う。2018/02/13
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