内容説明
戦争で夫を亡くし足のケアサロンを営むペイジ。斜向かいに住む大学教師ベンの密かな楽しみは、ペイジの生活の一部始終を観察することだった。ある日ベンは、意を決し初めて店を訪れる。足を洗ってもらっているあいだに、ひとり語りを始め、忘れ得ぬ事故のことを打ち明けるベン。悲惨な体験を通して、孤独な二人の心は結びつくのだが…(「初心」)。人生の情景が鮮やかに浮かび上がる、めくるめく10篇。
著者等紹介
パールマン,イーディス[パールマン,イーディス] [Pearlman,Edith]
1936年にロードアイランド州プロヴィデンスで生まれた。父親はロシア生まれの医師、母親はポーランド系アメリカ人で読書家だった。ラドクリフ女子大学では文学を学び、創作クラスを履修したが、1957年に卒業後、IBMのコンピュータ・プログラマーに。1967年に精神科医のチェスター・パールマンと結婚。マサチューセッツ州ブルックライン在住
古屋美登里[フルヤミドリ]
翻訳家。神奈川県平塚生まれ。早稲田大学卒。訳書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
160
静かにかなしみやよろこびが積み重なっていく。それは色づいた秋の葉が音も立てず地を埋めて森をつくるように。遠い日の、それから何度もふと思い返すであろう決定的なその日たち。その時はその日がそういう日だということは思いもよらない。けれど決定的なその思い出たちが。 人生というのはこういうものかもしれない。人生というものを読んでいた気がする。ずっと読んでいたかった。とてもよかった。たまにこういう本に出逢えるのだから、やっぱり読書がたまらなく好きだ。2020/10/27
アン
96
普通の人々の日常にある情景や密やかな想いを、しっとりと繊細な筆致で綴る短編集。足のケアサロンを営む女性が秘密を打ち明けられる「初心」、箪笥の引き出しにある不気味な絵「夢の子どもたち」、3組のカップルが織りなす日々「お城四号」、女子校の校長と摂食障害の生徒の結びつきを描く表題作など10編。罪の意識、一瞬の戸惑い、波立つ心、望みや決意…。どこか奇妙で死が影を落とす内容が多いのですが、生きていく上で受け入れなければならない強さや慈愛が伝わり静かな余韻が響きます。表紙の著者の未来を見守るような凛とした瞳が素敵。 2021/02/07
アキ
84
10篇の短編集。「初心」tender foot、「お城四号」castle 4、「従姉妹のジェイミー」her causin Jamie、「帽子の手品」hat trick、「蜜のように甘く」honeydew、が印象に残る。どの作品も登場人物たちは、少しだけ重なり合う人生を生きて、それぞれに思いを馳せる。死と生者の悲嘆、思いがけない結婚、情事の後の死、娘たちの結婚、寛容と自律。すべてを語らず、その存在を仄かに匂わせて、そのまま終える余韻が心憎いほど。2021/05/08
藤月はな(灯れ松明の火)
76
決して派手ではない日常を捉えながらしみじみと心に染み渡る短編集。「初心」の一種の共犯意識の後にある事実とその為に超えられることのない断絶を思い知らされ、途方に暮れる。「従妹のジェイミー」も尊敬していた恩師への追慕と運がいい従妹への複雑な心情は溶け合う。同時にふとした拍子に思い出す程、永く、抱き続ける人間の奥深さに瞠目。そして私は「幸福の子孫」が一番、好きです。人は「私は最も幸福だ」と思える瞬間に出会っている。それが些細で何気ない事でもその感情は強く、焼き付き、それがあるから投げ出さずに生きていけられる2020/08/20
けろりん
72
この余韻を何に例えれば良いのだろう。原題の『Honeydew-荒地の甘露-マナ-』だろうか。簡素にして豊か。歳月と生き物の営み、そして愛。まろやかな甘さと幾許かの苦さを内包する珠玉の10篇。琥珀色の雫を惜しみつつ舌の上で溶かし、心に沁みわたらせてなお物語の世界から去り難い。今少し、美しい黄昏の寂しさの中に漂っていたい。2021/02/12