目次
二〇一一年三月 私「神様はひどい」父「オレらしくていいよ」
二〇一一年四月 父「わたしの名前は立川談志」私「パパ、すごいね!」
二〇一一年五月 父「オレの最後の高座はいつだった?」私「三月六日、ママの誕生日に川崎で」
二〇一一年六月 父「恥ずかしいネ」私「パパは今でもかっこいいです」
二〇一一年七月 私「パパ、まだ落語したい?」父「したい!」
二〇一一年八月 父「声だけ出ればOKだ」私「こんなに体がつらいのに、えらいね!」
二〇一一年九月 父「カツラ」私「さすがパパ、面白いね!」
二〇一一年十月 私「私メガネ屋さんへ行くけど」父「一緒にメガネ屋へ行く」
二〇一一年十一月 ザッツ・ア・プレンティー
著者等紹介
松岡弓子[マツオカユミコ]
1963年、落語家立川談志の長女として、東京都に生まれる。「松岡まこと」の名で1年間だけタレント活動をしていたことがある。1999年からは銀座でクラブ「Tee Off」を経営している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Micah
3
死期が近い人を看取る苦悩が伝わる以上に、談志師匠の洗練されたセンスの言葉が心に染みた。家族のことを思った。2011/12/24
あーさー
2
2011年11月21日に亡くなられた立川談志さんの娘さんによる、最後の258日分の日記を書籍化したもの。在宅介護に対する複雑な思いや大変さ、父親への愛情、周囲の人たちへの感謝などがストレートに綴られています。2023/01/15
coldsurgeon
2
立川談志の闘病記、ただし彼の娘が書いている。娘の父親への想いが伝わってくるが、それ以上、談志が家族を愛していたことがわかる。そうでなきゃ、こんな風に家族が談志のことを愛してくれるはずがない。世の中には、こんなふうに世話をしない家族がいるのに。亡くなる人が、病を背負うこむ前にどれほど、家族を、周囲の人を愛していたかは、膜なる前の「看取り」で計ることができるのかもしれない。2012/05/03
snakedoctorK
2
家元の最期の日々をつづった本 松岡まことさんのことはTVで見て知っていた 読むとあの声で語りかけてこられるようだった 声を失うことは家元にとってはとってもつらいことであったろう 読んでいて身につまされた 家元、ご家族お疲れさまでした2012/02/22
ko1kun
2
談志師匠は声を失って辛かったんだろうなぁ。米朝師匠と違って頭は惚けてないんだから、命ある限り落語をして欲しかった。2012/01/04