史料集 関東大震災下の中国人虐殺事件

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史料集 関東大震災下の中国人虐殺事件

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  • サイズ A5判/ページ数 957p/高さ 22cm
  • 商品コード 9784750328560
  • NDC分類 210.69
  • Cコード C0021

目次

大島町事件と王希天事件
王希天の留学生としての活動と僑日共済会
在中国総領事・領事からの報告等
日中政府間の応酬
政府の善後策決定
罹災中国人の救護と送還
中国調査員と王正廷の来日
議会関係説明資料
中国側の被害者調査
中国と日本における追悼行事
賠償交渉と慰藉金問題
中国人労働者の入国取締り

著者等紹介

今井清一[イマイセイイチ]
1924年群馬県生。横浜市立大学名誉教授。専攻は日本近代政治史

仁木ふみ子[ニキフミコ]
1926年生。大分県で高校教諭。1983年より日本教職員組合婦人部長、同中央執行委員。「全国高校女子教育問題研究会」会長、「関東大震災の時殺された中国人労働者を悼む会」後に改称「中国山地教育を支援する会」世話人、温州山地教育振興基金会副会長、宋慶齢日本基金会副理事長を歴任。現在は、中国宋慶齢基金会名誉理事、上海宋慶齢基金会名誉理事、「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」代表、NPO中帰連平和記念館館長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

王希天事件など、関東大震災下でおこなわれた在日中国人に対する虐殺事件の実態と背景を、日本政府の公的記録のほか、中国に伝えられた事件報道などから掘り起こした史料集。同じ震災下で進行した朝鮮人虐殺と中国人虐殺にどのような共通性と違いがあったのか。


 関東大震災下の中国人虐殺事件が明らかにされるまで(今井清一)
 史料解説(仁木ふみ子)

第 I 章 大島町事件と王希天事件
 一 日本官側の発表
 二 マスコミの発表と日本民間側の調査
 三 中国留学生側の調査
 四 ある兵士と学生の日記

第II章 王希天の留学生としての活動と僑日共済会
(1) 留学生としての活動
 一 日支軍事協約締結反対運動
 二 五四運動時期の日本における留学生の言動
 三 留日学生中の勢力者等
 四 中国YMCAの活動
 五 留学生をめぐる各種統計
(2) 僑日共済会時代
 一 僑日共済会の成立
 二 救世軍の僑日共済会訪問記
 三 中国人労働者取締りに対する留学生たちの行動

第III章 在中国総領事・領事からの報告等
 一 僑日共済会副会長王兆澄の動静
 二 大島町事件、王希天事件に対する各地世論報告、進言

第IV章 日中政府間の応酬
 一 中国人被害に関し、中国代理公使と外相間の応酬
 二 外相と在中国公使経由顧外交総長間の応酬

第V章 政府の善後策決定
 一 王希天事件の覚書作成過程
 二 大島町事件に関する中国側との応酬大綱の閣議決定

第VI章 罹災中国人の救護と送還
 一 罹災状況視察と救護対策
 二 外国人罹災状況調査
 三 朝鮮人の被害報告
 四 習志野収容所の状況
 五 無償送還始まる

第VII章 中国調査員と王正廷の来日
 一 中国調査員一行の動静
 二 王正廷一行の動静

第VIII章 議会関係説明資料
 一 四七帝国議会(大正12年12月11日~23日)
 二 四八帝国議会(大正12年12月27日~13年1月31日)
 三 四九帝国議会(大正13年6月28日~7月18日)
 四 要償懸案に関する説明資料

第IX章 中国側の被害者調査
 一 温州・処州の被害者
 二 温州・処州以外の被害者
 三 温州県別被害人及び家族調査

第X章 中国と日本における追悼行事
 一 大正12年(1923年)
 二 大正13年(1924年)
 三 大正14年(1925年)
 四 大正15年(1926年)
 五 『王希天小史』の刊行

第XI章 賠償交渉と慰藉金問題
 一 条約局調査報告
 二 賠償交渉
 三 賠償金の行方

第XII章 中国人労働者の入国取締り
 一 中国人の労働制限解除
 二 中国人労働者退去処分の実相
 三 中国人労働者入国取締りの実相
 四 朝鮮、関東州へ赴く中国人労働者及び在京中国人労働者の実態(官側調べ)
 五 僑日共済会の動き
 六 法規改正の動き

 各史料の日付順索引
 あとがき


関東大震災下の中国人虐殺事件が明らかにされるまで(今井清一)

   はじめに

 二〇〇三(平成一五)年に八〇周年を迎えた関東大震災では、「大震火災」による激しい混乱の中で朝鮮人が放火し暴動を起こしたとの流言が広がり、日本の軍隊、警察、それに在郷軍人・消防組・青年団などよりなる自警団などが、何の責任もない数千人の朝鮮人を数日間にわたって迫害し虐殺するという事件を起こし、それとからんで虐殺された中国人も数百人にのぼった。近代日本の民衆の歴史の中でも汚辱に満ちたページである。しかもこれらの事件は、日本の敗戦までは、真相を明らかにすることは許されず、少数の批判的な人びとの警告はあっても、国民的な反省は行われないままであった。これは、一五年戦争中に日本軍がアジア諸地域で残虐行為をくりひろげたことと無関係ではない。
 しかも敗戦後こうした事件に対する研究が自由にできるようになってからも、かなり長いあいだ、これらの事件の本格的な究明は行われなかった。それがようやく軌道に乗りはじめたのは、関東大震災の四〇周年にあたる一九六三(昭和三八)年からで、さらに日本政府が極力隠蔽につとめた中国人虐殺事件は、それから一〇年余りもなお明らかにされないままであった。
 その最大の原因は、日本の政府や軍の当局が一貫して真相の隠蔽と資料の湮滅に努めたことにあるが、研究者の側でも、もっと早くから問題に目をつけ、史料の発見に努力すべきだったという反省もある。とくに外交上も問題になった中国人虐殺事件については、日本の当局の真相を隠そうとした発表の中からも疑問点を見いだすことができるし、また中国での報道を調査すれば、もっと早く真相を明らかにできたはずである。そしてそれは、朝鮮人虐殺事件などの究明にも役立ったであろう。
 今日、遅ればせながら、ようやくこの『史料集 関東大震災下の中国人虐殺事件』を刊行するにあたって、この事件が研究者によって究明されてきた経過を振り返り、関係史料の在り方や研究上の問題点を考え、さらにはこのあと解明すべき論点を探りたい。敬称は省略させていただく。文献名は文末の年表に詳しく入れる。

(…後略…)