大分学―移り住むなら豊の国・大分

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大分学―移り住むなら豊の国・大分

  • 辻野 功【著】
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  • サイズ B6判/ページ数 281p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784750328072
  • NDC分類 291.95
  • Cコード C0036

目次

1 大分学(豊後〓(ニアリーイコール)九州から小藩分立へ
日出藩はこうして生まれた―秀吉・ねね・家康と大分
大分銘菓「一伯」はこうして生まれた―『忠直卿行状記』の謎
城なし森藩と口演童話の祖・久留島武彦
海舟・竜馬が駆け抜けた豊後街道
大分の県民性は赤猫根性か
人材輩出大分
アジア・アフリカ諸国から学びに来る大分の地域づくり)
2 日本を救った大分人(重光葵―一貫して平和を探求した外交官・外相;ラストサムライ・阿南惟幾)
3 大分楽(彫像・記念碑に見る大友宗麟とその時代;荒巻淳という大投手がいた;「寅さん映画」と大分)

著者等紹介

辻野功[ツジノイサオ]
1938年香川県生まれ。1960年同志社大学法学部政治学科卒業。1963年同志社大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了。2006年京都造形芸術大学・日本文理大学教授を経て別府大学教授に就任。現在、大分朝日放送(OAB)ニュース番組「SUPER Jチャンネルおおいた」コメンテーター、「おおいた遺産」選考委員会座長、大分・安心院グリーンツーリズム実践大学副学長、宇佐神宮・国東半島を世界遺産にする会顧問、チャレンジ!おおいた国体・おおいた大会「おもてなし大使」、「勝海舟・坂本龍馬の銅像と歌碑を建てる会会長」。専門は政治学、大分学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

定年二年前に実際に大分に移り住んで「大分学」を提唱した著者が、大分の歴史と人物を中心にその魅力を語ったエッセイ集。大友宗麟・松平忠直から、外交官重光葵・陸相阿南惟幾、そして寅さん映画、名ピッチャー荒巻淳に至る、縦横無尽の大分学マジック。

序文/平松守彦
  /溝口薫平

 はじめに――移り住むなら豊の国・大分

1 大分学
 1 豊後≒九州から小藩分立へ
 2 日出藩はこうして生まれた――秀吉・ねね・家康と大分
 3 大分銘菓「一伯」はこうして生まれた――『忠直卿行状記』の謎
 4 城なし森藩と口演童話の祖・久留島武彦
 5 海舟・竜馬が駆け抜けた豊後街道
 6 大分の県民性は赤猫根性か
 7 人材輩出県大分
 8 アジア・アフリカ諸国から学びに来る大分の地域づくり

2 日本を救った大分人
 1 重光葵――一貫して平和を探求した外交官・外相
 2 ラストサムライ・阿南惟幾

3 大分楽
 1 彫像・記念碑に見る大友宗麟とその時代
 2 荒巻淳という大投手がいた
 3 「寅さん映画」と大分

 おわりに


序文

大分学と辻野先生(
大分一村一品国際交流推進協会理事長 平松守彦)

 辻野先生は、大分生まれではない。しかし、大分の自然、人情、歴史に魅せられ、京都の大学教授時代、大分にある私立大学に「改革の助っ人」として招かれ、定年二年前で、多くの人が引き留めるのを振り切り大分に赴任された。
 先生をひきつけた大分の魅力は何か。「大分はドイツの魅力」といわれる。フランスは、ナポレオン皇帝で分かるように徹底した中央集権国家であり、パリは世界に冠たる大都市、まさに現在の日本の東京のように人口、産業、情報機能の一極集中だが、ドイツは緩やかな連邦制で封建時代の日本と同じく地方都市がケルン、ミュンヘン、ハンブルクと元気なところが魅力的である。
 大分は大友宗麟が島津に敗れて以来、八藩七領に分割され小藩分立となり、それが大分の県民性といわれる「まとまりが悪い」「赤猫根性」という狭量な人間を指す俗語を生み出し、「面倒くさい」ことを「よだきい」という方言まで生まれた。
 ならば、この大分根性を逆手にとって、各市町村毎に自慢できる「いいちこ」や「吉四六」という焼酎などの産品づくりや湯布院などの観光地づくりをやろうと、昭和五四年知事になった私は自らの創意工夫で地域を活性化する「一村一品運動」を提唱した。
 先生が憧れの地・大分に移り生活を始めて驚いたのは、大分の人が大分のことを全然分かっていないことだったという。そこで、一般市民に大分の良さを知ってもらおうと、平成一四年「大分学講座」を開き、私も講義した。何よりも「大分学」という言葉は、知事となって地方分権を主張する私に鮮烈な響きがあった。自分たちの地域の歴史、文化、名物、行事を学ぶことが地域愛、地域自立の第一歩だからである。

日本画壇の最高峰、高山辰雄画伯(二〇〇七年九五歳で逝去)は、大分市春日浦に生まれ、少年時代、海辺にある実家から別府湾、その彼方の四国の岬を眺めて育った。先生の別府湾から見た大分臨海工業地帯、由布岳、日田杉の山林、県南のリアス式海岸等の風景を描いたリトグラフ「限りなき大分」は、先生の郷土・大分の風土、文物への限りない愛情が一枚一枚の画ににじみ出ている。
 高山先生の「限りなき大分」の題名に秘められた大分愛と辻野先生の「大分学」に内在する大分への愛情には、共に「物も豊か、心も豊かな豊の国」への願望、思い入れがあるように思える。
 この本には、全国的にヒットした寅さん映画『男はつらいよ』に大分の湯平や日田が出てくる話や、またポツダム宣言受諾決定の御前会議構成メンバー六人中三人は阿南惟幾、梅津美治郎、豊田副武の大分県人であった。そしてミズーリ号艦上で降伏文書に署名した重光葵、梅津美治郎は、二人とも大分県人であったなど。大分の生んだ人材、文化、各地の一村一品について、すべての資料を渉猟され、まさに「大分学」の原典と呼ぶにふさわしい。
 司馬遼太郎さんの『街道をゆく』は紀行文学的地域学であるが、この本は日本では最初の地域文明論としての「地域学」。その第一号としての「大分学」である。辻野先生の限りない大分愛に、一県民として心から感謝を捧げたい。