内容説明
炸裂する火薬兵器、ふりそそぐ毒矢。巨大軍隊モンゴル軍に打ちのめされた日本の武者たちの恐怖の念は、全土を神仏頼りの祈祷列島へと変えていく。幕府はこの危機にいかに対処したのか。合戦死傷者のその後までを追う。
目次
1 「世界」のなかの日本(モンゴル帝国の「世界」;「世界」の吸引力 ほか)
2 うねり狂う「世界」の波・文永合戦(異なる戦争の作法;戦力のちがい ほか)
3 内向する列島・弘安合戦(異国警固と石築地;有無を言わせぬ戦時統制 ほか)
4 モンゴル戦争が落とす影(討死による相続争い;恩賞要求と鎌倉の対応 ほか)
5 「異域」のなかの日本(祈祷の防衛体制;恐怖意識の反転 ほか)
著者等紹介
新井孝重[アライタカシゲ]
1950年埼玉県に生れる。1973年早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。獨協中学校高等学校教諭を経て、獨協大学経済学部教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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河童
6
異国の軍隊が火薬の入った砲弾を投げつけたり命中精度の高い短弓やクロスボウを使って襲ってきたんだから、怖かったべねぇ。文永の役(1274年)で犠牲になった壱岐・対馬・北九州の日本人に哀悼の意を表したい。2度目の弘安の役(1281年)では防塁壁やら輪番警護、各地からの兵士徴用で守りを固めた上での襲来だったようだが、数の上では蒙古にかなわなかったはず。それでも勇敢に戦いを挑んだ鎌倉武士はあっぱれ。彼らはどんな思いで戦いに臨んだのだろうか?残念ながら日本は外交下手。以後見られる神国思想は後々国民を苦しめるんだな。2018/03/11
newborn
4
モンゴル帝国は中国を支配し韓国を征服したのち、日本へ使節を送ってかつての中国とのような冊封体制を目指したわけですが、なぜか日本側は頑なに使節への返事を送らず無視を決め込みます。その結果か蒙古襲来に繋がるわけですが、これは日本側の対応が不可解だなと思いました。侵攻のリスクの方が明らかに高いはずなのに一度目の蒙古襲来で痛めつけられても外交関係を築こうとはしなかったからです。この点を詳しく勉強できたら当時の日本人の思想が垣間見れるのではないかとおもいました2018/08/30
静かな生活
1
3.6◼︎外部/世界と接触した時、その社会の性質が立ち現れてくる。20世期前半の世界大戦期をめぐる言論が混沌としているので、「外部/世界と鉢合わせた時の日本」に関しての資料はこっちのほうがいいかもしれない。2020/01/08
ryu
1
蒙古の襲来という、史上最大の外圧に対して各権門がどう対応し、どのような影響を後世に与えたかを総合的に考察した良著。舟の技術水準の視角は勉強になりました。2011/02/17
印度 洋一郎
1
中世の日本が初めて直面した、世界帝国からの侵略である元寇。そのインパクトがもたらした日本社会への影響を中心に検証している。この戦争のために、鎌倉幕府のとった御家人以外への総動員体制が戦後になって、幕府の重い負担になったこと、実際に戦った侍層に恩賞や相続を巡る訴訟が頻発したこと、そして侵略の恐怖が生みだした神国思想など、後世の歴史に色々な影響を与えたことがわかる。モンゴル側も、威力偵察のような文永の役はともかく、大軍を動員した弘安の役は問題が多く、暴風雨が無くても成功はおぼつかなかったらしい。2011/02/06