出版社内容情報
古代には〝記紀〟以外にも、天皇記・国記など多くの史書が存在した。これらの実態に迫り、古事記を一つの史書として位置づけなおす。
内容説明
日本古代史の基本史料として絶対的な古事記と日本書紀。だが、古代には“記紀”以外にも帝紀・旧辞、天皇記・国記、上宮記など多くの史書が存在した。これらの実態に迫り、古事記を一つの史書として位置づけなおす。
目次
「記紀」以外の古代史書―プロローグ
帝紀・旧辞と倭王権―五・六世紀の史書
推古朝の国政と天皇記・国記―七世紀初めの史書
上宮王家の『上宮記』―七世紀前半の史書
『古事記』の政治史―七世紀後半の史書
そして『日本書紀』へ―エピローグ
著者等紹介
関根淳[セキネアツシ]
1970年、茨城県に生まれる。1996年、上智大学大学院文学研究科史学専攻博士前期課程修了。現在、富士見丘中学高等学校教諭(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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月をみるもの
15
いまでこそ「記紀」などと並び称されるが、そもそも本居宣長以前は、「正史」たる日本書紀に比べれば有象無象の文書のひとつでしかなかった古事記。どちらもゼロから書かれたわけではなく、帝紀・旧辞や氏族ごとの国記といったそれまでの文書の蓄積や、稗田阿礼に仮託されているような口承にに基づいてる。なぜ、7〜8世紀の律令政府は、ほぼ同じ時期にわざわざ2つの別々の史書を編纂したのか? 高校生が当然いだく疑問に、歴史の先生が全身全霊をもって答えようと試みる。その過程がめっちゃスリリングで面白い。 2020/09/06
はちめ
13
取り上げられている対象は、古事記を除けば天皇記や国記など逸文のみ伝わるもので目新しさもあり興味深い。章立てが短く謎を設定してそれを解いていくような形式で読んでいて楽しかった。内容的には相当踏み込んだ推論が行われておりすべて納得できるわけではないが、特に古事記については考えさせられた。本居宣長以後、記紀の評価において古事記を崇高なものとして読む癖ができてしまっていて、さらに戦前の歴史解釈への過度の反省により日本書紀が不当に低く評価されてきたのだと思う。☆☆☆☆★ 2020/09/12
さとうしん
11
帝紀・旧辞、天皇記・国記、そして古事記がいかなる書であったのかを考察する。特に古事記が元来特定の書の名前ではなくカテゴリーを指すものだったという指摘はおもしろい。古人の名に仮託した「擬作」が前近代においては創作活動、自己表現として許容されていたのではないかという指摘は、日本古代のみならず東アジア古代の創作や学術を考えるうえで示唆的である。2020/07/03
take5
10
『古事記』序文に出てくる帝紀と旧辞、『日本書紀』に出てくる天皇記と国記(以上すべて現存しない)、逸文が残る『上宮記』について、著者は他の史料(初めて知った史料多し)の断片や各種先行研究からそれらの内容を推測し、また『古事記』そのものについても考察していきます(プロローグから引き込まれ、非常に面白かったです)。著者は史学専攻の大学院出の高校などの先生で在野の研究者のようですが、鋭い素朴な疑問や指摘が多く、考察も説得力のあるものが多いように思われました(特に稲荷山鉄剣銘にまつわる考察には納得させられました)。2020/07/13
はちめ
9
日本書紀優先史観から読むとまだまだ古事記への依存度が高く感じる。古事記はおそらくは蘇我家の家史をもとにしたものであり、部分的には古い資料を含んでいるが、日本国の歴史を描こうとした日本書紀とは本質的に性格をことにするものだろう。ということをもっとはっきり書いてほしかった。2022/10/03