出版社内容情報
下向井 龍彦[シタムカイ タツヒコ]
著・文・その他
内容説明
平将門と藤原純友の反乱は「承平・天慶の乱」といわれてきましたが、近年では教科書も「天慶の乱」と表記しています。なぜでしょう。承平年間、将門は坂東の平和維持のために貢献しており、純友は瀬戸内海の海賊平定の実質的な最高殊勲者だったからです。そのような草創期の二人の英雄的武士が、どうして天慶二(九三九)年冬、反乱に踏み切ったのでしょうか。その真相に政治史・軍事史の視点から迫っていきましょう。
目次
1 寛平・延喜の国制改革と東国の乱
2 ヴェールにつつまれた前半生
3 承平年間の将門―叔父たちとの私闘
4 承平年間の純友―南海賊平定の殊勲者
5 天慶の乱の勃発―939年冬
6 天慶の乱の展開
著者等紹介
下向井龍彦[シモムカイタツヒコ]
1952年生まれ。広島大学大学院文学研究科博士課程国史学専攻単位修得退学。専攻、日本古代史(奈良・平安時代史)。現在、広島大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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Jampoo
17
律令国家から王朝国家へとなる過渡期、純友と将門が同時期に引き起こした大乱はかつて承平天慶の乱と呼ばれた。 しかし承平期の彼らはむしろ乱を鎮圧する側といえる立場であり、朝廷からも敵視されておらず、しかし同種の私的な軍事判断が拗れた結果、天慶期になって反乱扱いをされる。現在は単に「天慶の乱」と呼ぶのが主流のようだ。 税の徴収や軍事体制も中央集権的な管理から私的な有力者に委任されていく流れの中で、自然と独自の勢力を築いた2人だが、鎌倉幕府のように独立を勝ち取るほどには中央も衰えていなかったという所だろうか。2026/01/01
さとまる
4
天慶の乱(今は承平・天慶の乱といわないことを知った)の主役平将門と藤原純友の事績の紹介。どちらも元は寛平・延喜の国政改革に反発する武装集団を鎮圧する側だったこと、他者から助力や庇護を求められれば嫌とは言わずにメンツを立てる武士のメンタリティを持つなど共通項が多い。そして何よりも藤原忠平に翻弄された面も共通する。2023/07/28
かずさん
3
藤原純友に対する印象が変わった。2023/01/18
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