内容説明
大田南畝(一七四九~一八二三)狂歌師・狂詩人、江戸の文化人。幕臣でありながら、狂歌・狂詩界の中心で活躍し続けた、蜀山人大田南畝。笑いの文学を追究したその生涯を、粋人の元横文字文学者が軽快な語り口で小気味よく描く。
目次
遠ざかる蜀山人―近づきがたい南畝
三史五経をたてぬきに―幼少期から研学時代
寝惚先生登場す―華やかな文学的門出
江戸諷詠と言語遊戯―狂詩垣覗き
文芸界の大スターへ―狂歌師四方赤良誕生す
遊芸から文学へ―狂歌集の編纂と上梓
詩は詩佛書は米庵に狂歌おれ―南畝の狂歌一瞥
詩酒徴逐―行楽と遊興の日々
文芸界に背を向けて―学問吟味を経て支配勘定に転身
西遊の一年―大坂銅座での日々
「細推物理」―文人の諦念
異国とのふれあい―長崎での日々
江戸の大文化人―文雅と交遊を楽しむ
ひらめを食して大往生―老残の日々
著者等紹介
沓掛良彦[クツカケヨシヒコ]
1941年長野県に生れる。1965年早稲田大学露文科卒業。1971年東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。東京外国語大学名誉教授。文学博士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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きいち
22
憧れるなあ。◇江戸を代表する詩人で作家、なのに、二級品だのつまらないだの限界があるだの、こんなに作品や思想がけなされまくる評伝なんて読んだことない。でも一方で、作者沓掛の南畝への偏愛はとても伝わってくる。愛しているのは南畝の生き方そのものだから。◇汚職官僚の余禄で贅沢したり、手のひら返して実直になったり、調子よくて行動量があってポジティブ思考で、まんまラッキー体質やん。プランドハプンスタンスの権化。◇そのベースになっているのは、読むこと書くことへの純粋な意欲。南畝の腰巾着になって、ついて歩いてみたいなあ。2014/12/10
でろり~ん
0
面白さ、というか江戸の笑いの精神を現代に伝えようとする意気込みだったようですが、ま、評伝として読みました。やっぱりねえ、学者先生がフミハズスのはこの程度までなんでしょう。ちと残念でした。蜀山人ねえ、名前だけは今でも知られていますよね。狂歌の面白さを時代に沿って解説するのって難しいでしょうねえ。著者が好きなのは時代を笑うことではなくて、単にダジャレなのでは? という感想でした。蜀山人のエネルギーをすら薄めてしまった感のある一冊。ふむふむ。誤植甚だ多し。2017/04/17
Ucchy
0
江戸後期の文人大田南畝の評伝。軽妙な筆致が楽しい。寝惚先生として狂詩に、四方赤良として狂歌に活躍し文壇の大立者になるも本当は儒者になるべきだったとの思いは生涯抱き続ける。仕事では御徒という軽輩の世職に甘んじつづけるも漢学の教養が功をなし寛政の改革で導入された学問吟味で首席合格、勘定方に登用され大坂銅座、長崎で活躍。生来のホモ・スクリベンス(執筆人間)ぶりを発揮し徳川制度に関する貴重な史料を残す。江戸時代の文芸、文壇や制度、一人の人間の生き様を興味深く読んだ。★★★★★2019/01/26