出版社内容情報
室町政権を裏で支えた醍醐寺門跡の生涯。
内容説明
満済(一三七八~一四三五)、室町前期の真言宗の僧。十五世紀前半の激動と変革の中で「クジ引き将軍」足利義教の登場を演出した「黒衣の宰相」三宝院満済。醍醐寺座主・三宝院門跡、室町殿護持僧、幕府の最高政治顧問としての顔を統一的に捉え、もって政治と宗教の相依関係を解明する。
目次
第1章 将軍門跡
第2章 足利義満と満済
第3章 足利義持と満済
第4章 足利義教と満済
第5章 京都と関東、後南朝、そして九州
第6章 申置条々
第7章 天下の義者
著者等紹介
森茂暁[モリシゲアキ]
1949年長崎県生まれ。1975年九州大学大学院文学研究科博士課程中途退学。九州大学文学部助手、京都産業大学助教授、山口大学教授を経て、現在、福岡大学人文学部教授。文学博士。専攻は日本中世の政治と文化
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
Toska
21
中世は王法と仏法を両輪とする世界であり、僧侶は国家権力と対等に渡り合うことができた、という冒頭での指摘に蒙を啓かれた。護持僧として祈りの力で将軍を守り、かつ政治顧問的な役割も果たした満済はその代表格。ただし、彼の政界での立ち位置は武士たちからなる統治システムに包摂されず、諸大名の意見の調整や取りまとめ、将軍への連絡に終始した。世俗の権力者とは異質な存在であることを自覚し、適切な距離感を保ったという印象で、そのスマートな進退が「天下の義者」の評をもたらしたのだろう。2025/06/26
MUNEKAZ
4
義満から義教まで室町幕府の護持僧を務めた満済の評伝。とくに義教期には、祈祷だけでなく政治的にも大きな役割を果たしていたことは興味深い。還俗上がりで自身の基盤が弱い義教にとって、同じ僧体でありかつ有力大名との調整役を務めてくれる満済の存在は大きなものであっただろうし、満済の死後、独裁的な傾向が強まるのも尤もなことである。また和歌が不得手であったことは、意外な一面で面白かった。2017/06/13
南北
1
室町幕府の足利義持や足利義教の護持僧を務めた満済の評伝です。この時代の1次資料として有名な「満済准后日記」を書いた人物として知られています。後小松天皇の護持僧だった時期もあり、武家と公家の調整や将軍と諸大名の調整を行うこともあったため、「黒衣の宰相」とも呼ばれていました。足利義教のいわゆる「万人恐怖」の政治も満済の死後、諸大名との調整役がいなくなったことが要因の一つのようです。幕府の最高顧問として政治に関わった人物の生涯がわかる本です。2017/06/30
そーだ
0
卒論の参考になるかと思って借りた。思惑は残念ながら外れたけれど、満済の出自や、室町幕府での役割などがよく分かり面白かった。2012/07/13
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