出版社内容情報
〈プラトー(高原)の夏は、美味なる蜂蜜にもなれば、唸りを上げる鞭ともなる。この場所を愛する人々にとっては、そのどちらもが良い。なぜなら、どちらもプラトーの本質をなすものだから。山の本質を知ること。それこそが、ここで私が試みようとしていることにほかならない。すなわち、生命の営みという知をもって理解しようとすること。〉
(「一、プラトー」)
スコットランド北東部のケアンゴーム山群。深成岩塊が突き上げられ、氷と水の力により削られてできた約4000フィート(1219m)の山々。プラトーが広がり、湖や池が点在し、泉が湧く。この地にほど近いアバディーンに生を享けた作家ナン・シェパード(1893-1981)は、生涯、この山に通い、この山を愛した。
ナンの登山は、高さや速さを競うものではない。山の「内側」や「奥地」を求めて山に入る。山に会いに行き、山と共に過ごす。ナンは犬のように山々を歩き回る。五感を解放し、いきている山の営み――光、影、水、風、土、岩、木、草花、虫、鳥、獣、雨、雪、人――に出会い直す。
引き出しにしまわれていたこの作品は、時を経て、運命的に、山を愛する人々により見出された。そして今日、詩性溢れる文章で自然と肉体の交感を語るこの書は、あらゆる表現活動に関わる人々に影響を与えている。ネイチャーライティングの名作。
どれだけ『いきている山』を読んでも、それは私にとって驚きであり続けている。この本に慣れる、などということはないのだ。
――ロバート・マクファーレン「我歩く、ゆえに我あり――2011年版序文」より
シェパードは山の中で「fey[フェイ]」に気づいた、
取り憑かれた、と。
――志賀理江子(写真家)
内容説明
スコットランド北東部のケアンゴーム山群。深成岩塊が突き上げられ、氷と水の力により削られてできた約4000フィート(1219m)の山々、プラトーが広がり、湖や池が点在し、泉が湧く。この地にほど近いアバディーンに生を享けた作家ナン・シェパード(1893‐1981)は、生涯、この山に通い、この山を愛した。ナンの登山は、高さや速さを競うものではない。山の「内側」や「奥地」を求めて山に入る。山に会いに行き、山と共に過ごす。ナンは犬のように山々を歩き回る。五感を解放し、いきている山の営み―光、影、水、風、土、岩、木、草花、虫、鳥、獣、雨、雲、雪、人―に出会い直す。引き出しにしまわれていたこの作品は、時を経て、運命的に、山を愛する人々により見出された。そして今日、詩性溢れる文章で自然と肉体の交感を語るこの書は、あらゆる表現活動に関わる人々に影響を与えている。ネイチャーライティングの名作。
目次
プラトー
奥地
山群
水
氷と雪
空気と光
いのち―植物
いのち―鳥、獣、虫
いのち―人間
眠り
感覚
存在
著者等紹介
シェパード,ナン[シェパード,ナン] [Shepherd,Nan]
1893‐1981。スコットランド北東部の村、ピーターカルターの中流階級の家に生まれる。1915年にアバディーン大学を卒業後、アパディーン地区養成センター(教員養成学校。現アバディーン大学教育学科)の講師となり、1956年に63歳で退職するまで同校で英文学を教え続けた。退職後は雑誌『アバディーン大学評論』の編集に精力的に取り組んだ(1957‐1963)。1928年The Quarry Wood、1930年The Weatherhouse、1933年A Pass in the Grampiansと立て続けに小説作品を出版、1934年には詩集In the Cairngprmsを発表。1964年アバディーン大学より名誉博士号を授与される。1944-45年ごろに執筆された『いきている山(The Living Mountain)』がようやく出版されたのは1977年のことだった。1981年、アバディーンの病院で死去、享年88
佐藤泰人[サトウヤスヒト]
東洋大学文学部英米文学科准教授。Queen’s University of Belfast英文科博士課程修了(PhD)。専門および研究対象は英文学、とくに20世紀アイルランドおよびイギリス詩、山岳文学
芦部美和子[アシベミワコ]
現在、一橋大学大学院言語社会研究科博士後期課程、東京都立大学非常勤講師。専門は英文学、現在の主な研究対象は山岳文学および女性作家による登山文学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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