アウシュヴィッツ潜入記 収容者番号4859

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アウシュヴィッツ潜入記 収容者番号4859

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  • サイズ 46判/ページ数 488p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784622088301
  • NDC分類 234.074
  • Cコード C0022

出版社内容情報

ナチス・ドイツの攻撃でワルシャワが陥落したのは1939年9月。そのちょうど1年後、ワルシャワの路上で兵士も市民も無差別に逮捕される一斉取り締まりで、ポーランド軍将校ピレツキは意図的に捕まってアウシュヴィッツに送られた。
当時ロンドンのポーランド亡命政府は、新設のこの収容所の目的を探っていた。志願したピレツキの主な任務は、収容所の実態を外部に流し、同国人の収容者仲間を密かに組織して武装蜂起に備えることだった。
ピレツキの情報は翌年初頭から連合軍に届き始める。まずポーランド人政治犯の処刑、独ソ戦が始まるとソ連軍捕虜の大量処刑、さらにユダヤ人の「最終処分」のニュースは、他のルートに先駆けて伝えられた。
収監から3年近く、ピレツキは自らも飢餓、チフス、拷問に耐えながら任務を全うしようとするが、武装蜂起は軍上層部の反対で実現しない。彼はついに見切りをつけ、二人の仲間と脱走した。
本書は1945年に軍の上司に宛てて書かれた最終報告書である。ピレツキ自身は、祖国がソ連の影響下に入ると反ソ地下抵抗運動に参加し、1948年、一党独裁体制を強めた自国の共産主義政権に逮捕され、拷問・処刑された。
長らくポーランド語のタイプ原稿のまま埋もれていたこの報告書が英訳され、はじめて出版されたのは2012年である。貴重な写真多数を含む。

内容説明

ナチス・ドイツの攻撃でワルシャワが陥落したのは1939年9月。そのちょうど1年後、ワルシャワの路上で兵士も市民も無差別に逮捕される一斉取り締まりで、ポーランド軍将校ピレツキは意図的に捕まってアウシュヴィッツに送られた。当時ロンドンのポーランド亡命政府は、新設のこの収容所の目的を探っていた。志願したピレツキの主な任務は、収容所の実態を外部に流し、同国人の収容者仲間を密かに組織して武装蜂起に備えることだった。本書は1945年に軍の上司宛てに書かれた最終報告書である。長らくポーランド語のタイプ原稿のまま埋もれていたこの報告書が英訳され、はじめて出版されたのは2012年である。貴重な写真を多数含む。

目次

英訳者のノート
発行人のノート
「一九四五年アウシュヴィッツ報告書」の主なできごと
歴史的背景 ピレツキ大尉―報告書、使命、人物
ペウチンスキ将軍宛てのピレツキ大尉の添え状
ピレツキ大尉の一九四五年アウシュヴィッツ報告書
付録

著者等紹介

ピレツキ,ヴィトルト[ピレツキ,ヴィトルト] [Pilecki,Witold]
1901‐1948。ロシア帝国領カレリア地方のオロネツに生まれる。ポーランド軍騎兵隊少尉としてポーランド・ソビエト戦争に参加。第二次大戦勃発直後の1939年11月、ドイツ占領下の祖国で反独地下抵抗組織、ポーランド秘密軍(後のポーランド国内軍)の創設に参加。1940年9月、新設のアウシュヴィッツ強制収容所の実態を探るという組織の要請に応えてみずから逮捕・収監された。外部に情報を流すと同時に、連合国軍による収容所襲撃に備えて収容者の抵抗組織づくりを進める。しかし襲撃は実現せず、1943年に脱出。翌年、大尉としてワルシャワ蜂起に参加。1945年、イタリア駐留中にこの「アウシュヴィッツ報告書」を完成する。同年ポーランドがソ連の影響下に入ると、反ソ地下抵抗運動に参加するが、その後一党独裁体制を強めた自国の共産主義政権により拉致・拷問され、処刑される

杉浦茂樹[スギウラシゲキ]
1959年東京生まれ。慶応大学文学研究科修士課程修了。翻訳家。『ニューズウィーク日本版』『ナショナルジオグラフィック日本版』の翻訳・編集に創刊時から携わる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社トリスタの提供する「読書メーター」によるものです。

蘭奢待

57
どうして人間はこんなことができるのだろうかとつくづく思う。SSと収容者班長。収容者班長はドイツ人の刑事犯や民族ドイツ人、ポーランド人もいたようだ。楽しんでわざわざ凄惨な殺人を犯す人非人たち。一方で高効率だけを目指して大量殺人を犯す人非人たち。 ある意味で先入観を壊されたのは非ユダヤポーランド人収容者はある程度の自由があったこと。反抗勢力となる地下組織を立ち上げるために地獄に潜入したポーランド軍ピレツキ大尉の驚くべき行動力。手記を残し、今こうしてそれが読めることの重要さ。並の人間では耐えられないだろう。2020/11/02

ケイトKATE

35
ホロコーストに関する本を何冊か読んだが、著者ヴィトルト・ピレツキはアウシュヴィッツに潜入から脱出まで、時間が経過していない時期に書いている。本書は報告書として書かれているが、ナチスの蛮行やナチスに協力するポーランド人の非情さが詳細に報告されている。本書に印象に残った言葉がある。”人類に今、何がいえるだろうか?文化的・人格的な進歩を示し、二〇世紀をそれまでの世紀よりずっと高い地位に位置づけたいと考えている人類に何がいえるだろうか?二〇世紀のわれわれは、祖先たちの目を見て……滑稽な話だが……自分たちの(続く)2021/08/26

愛玉子

26
かつてその収容所に潜入したポーランドの軍人がいた。新しく出来たその施設を探り、外からの襲撃に合わせ中で暴動を起こすのがその任務だった。そこで彼は地獄を見る。だが死んだ方がマシに思えるその地獄で、彼は仲間を作り、強かに生き延びる。賢さと意志の強さ、そして頑健な体だけを武器にして。素人なのに「優秀な職人です」と名乗り出て軽作業をゲット、隣の本物の職人をチラ見しながら平然とそれっぽい動きをするあたりはちょっと笑ってしまう。何てすごい人だろう。これだけの素晴らしい人物がその後辿った運命を思うと本当にやり切れない。2020/11/29

Cinejazz

25
人間の尊厳をも抹消するナチス・ドイツ強制収容所の実態を探る為、意図的にドイツ軍に投降、3年後に脱走し帰還したポーランド軍将校ヴィトルド・ピレツキ(1901-1948)が、アウシュビッツ強制収容所を暴いた驚愕の報告書(45年)です。占領下ワルシャワのポーランド国軍は、ピレツキの話に疑いをもち収容者救出の訴えを退けてしまいます。ワルシャワ蜂起で奮戦したピレシキは、再び捕虜収容所生活を強いられます。戦後、反共産主義者として秘密警察に拘束、拷問のすえ処刑されてしまいます。ポーランドの歴史の悲劇とも言えます。 2021/04/13

テツ

24
任務としてアウシュビッツに囚人として潜入し脱獄するまでの三年間を内部から見つめていたポーランドの軍人ピレツキの手記。収容所内での蛮行の中、祖国のために任務を勤め上げナチスドイツに抗った彼は、戦後も国のためにソ連による戦争犯罪を調べ始め、共産主義に支配された祖国ポーランドにより見せしめのために処刑される。日本では愛国心という言葉にネガティブなイメージがつきまとうけれど、ぼくはこうした在り方を貫いた人生を尊く感じる。何のために戦い、何のために生き、何のために死んだのか。淡々とした記録から滲むモノがある。2021/01/29

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