内容説明
ベルクソンとの1906年から1941年の死に至るまでの対話。『創造的進化』や『道徳と宗教の二源泉』の出版など、その哲学が大きく展開した時期が生き生きと記録され、また病苦に悩まされた老哲学者の信念にひそむ、人間的・宗教的苦悩が描かれる。
目次
一八九八‐一九一〇年
一九一一‐一九二〇年
一九二一‐一九二五年
一九二六‐一九三〇年
一九三一‐一九三五年
一九三六‐一九四一年
著者等紹介
シュヴァリエ,ジャック[シュヴァリエ,ジャック][Chevalier,Jacques]
1882‐1962。哲学者。カトリック教徒。ドイツ占領下のヴィッシー政府の文部大臣をつとめる
仲沢紀雄[ナカザワノリオ]
1930年、東京に生まれる。1953年東京大学教養学部教養学科卒業。フランス政府給費生として渡仏。1970年帰国。哲学専攻(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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roughfractus02
8
1906-41年の間のベルクソンとシュヴァリエの対話を収めた本書は、その出会いから死まで、敬虔なカトリック教徒シュヴァリエを通した信仰の姿勢を特に詳細に記す。本書は『創造的進化』(1907)の時期からコレージュ・ド・フランス退職(1921)後沈黙したベルクソンが、突如『道徳と宗教のニ源泉』(1932)を発表するまでの徹底した内的経験から信仰を導き出す厳格な思考の道筋を示唆する資料として読める。一方で体調を慮り、歩き、花を見て暮らす哲学者の生活から信仰が導き出される過程では、一人の人間の伝記として興味深い。2024/10/04
レートー・タト
3
ジャック・シュヴァリエが、その驚異的な記憶力をもって師であるベルクソンとの会話、思い出話を書き綴った本。これはほぼ『創造的進化』執筆から彼の死に至るまでの時期にまたがっている。ベルクソンの性格描写や示唆にとんだ発言が多く、非常に参考になる。ベルクソンの思考に対する厳格さは、弟子である著者でさえも寄らば切るぞという姿勢から伺える。また師からの自身への賞賛の言葉も多く見られる。ただ、恐らくは著者がカトリック信徒であるからだと思われるが、いささかカトリック的な解釈のバイアスが強くかかっているように思われた。2011/12/17
フリウリ
0
歩きながら思考し、花はカーネーションが好きな人、ベルクソンは言う。自分の哲学はすべて自らの経験に基づく。「持続」という観念には、自分の内面的な生をみつめることから確かに導かれた。カトリックもまた、経験に基づく哲学的発展の果てに到達した境地である、と。本書では随所に、ベルクソン哲学を理解する鍵となるような事柄がさらりと述べられていて、とてもおもしろい。カトリック信者であるシュヴァリエがベルクソンに時折見せる「宗教的確信に関する権威勾配」感もまた、ある意味、興味深い。W.ジェームズとのエピソードも豊富。82022/12/18
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