出版社内容情報
〈レーナウ、ザッハー=マゾッホ、フランツォス、ブーバー、ロート、カネッティ、ボブロフスキー、ツェラーンにおいて、狩猟と農耕をめぐる言説のはざまにみえかくれしていたのは、なんらかの意味で東欧の辺境に内在する、あるいは内在しようとする眼差と、他方、そこから離脱して、みずからの出自をも包含しつつ超越しようとする、啓蒙された眼差との、たえざる相剋にほかならなかった〉
本書で扱う作家たちは、ガリツィア地方をはじめ、いずれも東欧の辺境に出自をもちながら、ドイツ語で書きつづけてきた。東欧の辺境へのこだわりと西方への思いという屈折から生まれた彼らの作品には、動物や狩猟や農耕をめぐることばが頻繁にあらわれている。狩猟とは、移動し、追われる文化以前の獣たちの世界であり、これは彼らの一部もそうであったユダヤ人の謂いにほかならない。一方、農耕とは、定住を基本とした文化システムであり、そこでは獣たちは森に追いやられるか、殺戮されるか、家畜化される。著者は、作家たちの作品を精密に読み込みながら、19世紀末から20世紀前半の東欧の辺境のすがたと、作家たちに共通する問題意識をあざやかに抽出してゆく。
マゾッホ『毛皮のヴィーナス』からツェラーン「死のフーガ」「子午線」まで、緊密な文体と長年の研究と知性が生んだ本書は、ドイツ文学への新たな問題提起の書といってよい。
書評情報:
木田 元さん 2001年の3冊・朝日新聞 2001.12.30
平野嘉彦(ひらの・よしひこ)
1944年生まれ。京都大学大学院修士課程修了。現在 東京大学文学部教授。ドイツ文学専攻。著書『プラハの世紀末――カフカと言葉のアルチザンたち』(岩波書店、1993)『カフカ――身体のトポス』(講談社、1996)。訳書 アドルノ『アルバン・ベルク――極微なる移行の巨匠』(法政大学出版局、1983)ほか。
内容説明
マゾッホ『毛皮のヴィーナス』から、ブーバー、カネッティ、ツェラーン「死のフーガ」まで。“狩猟”と“農耕”を鍵語に、東欧の辺境を生きた作家たちを読む。
目次
ガリツィアもしくは表象された荒蕪―グリルパルツァー/ザッハー=マゾッホ/トラークル
沈思する憂鬱―ニコラウス・レーナウ
カインの裔―レオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホ
記号としてのアニマリティ―カール・エーミール・フランツォス
厩舎での対話―マルティン・ブーバー
ある詐欺師の肖像―ヨーゼフ・ロート
獣と死者をめぐる思想―エリアス・カネッティ
サルマティア幻想行―ヨハネス・ボブロフスキー
辺境の狩猟絵図―パウル・ツェラーン(一)
ルーマニアの野牛あるいはユー・トピア―パウル・ツェラーン(二)
子午線のかたえに―ボブロフスキー/ツェラーン