内容説明
長野県知事就任から失職、再出馬まで。「『脱ダム』宣言」、「『脱・記者クラブ』宣言」。激動の日々の中で、改革への熱い想いを綴ったドキュメント・エッセイ。2002年夏、長野から日本を大きく揺るがせたあの田中康夫の真意が満載。
目次
2000年9月インタヴュー 閉塞した長野の眠りを覚ます触媒になろう(大切な気概は、もっと別の場所に存在する。例の名刺事件から学べ;懸案の公共事業は一旦ゼロに戻して再検討。先ずは大仏ダムの巻 ほか)
2001年6月インタヴュー「『脱・記者クラブ』宣言」のその後(メディア選別で正体見たり。だから石原慎太郎氏はカワードなのだ;新たなる“コンクリートの箱物”建設では子供の精神は再生されず ほか)
2001年9月THEライブ!田中康夫・長野県知事vs「SPA!」読者100人の「車座集会」(僅かな金額でも県民に潤いと勇気を与える補正予算を目指して;「正義」の報復を行う前に、米国こそが「報復」を受けていたのだ ほか)
2002年8月インタヴュー これが日本の地殻変動だ
著者等紹介
田中康夫[タナカヤスオ]
’56年、東京都生まれ。一橋大学法学部卒。小学校2年から高校卒業までを長野県で過ごす。大学在学中に書いた『なんとなく、クリスタル』で、’80年文芸賞を受賞。’95年には阪神・淡路大震災後の神戸でボランティア活動に従事、神戸“市営”空港建設の是非を問う市民運動にも積極的に取り組む。’00年、長野県知事選に立候補、前知事の後継者として出馬した前副知事を11万票以上の大差で破り初当選するが、’02年、県議会が知事不信任決議案を可決、地方自治法の規定により失職。9月1日投開票の長野県知事選に立候補した
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