内容説明
かつて「女性解放」「反戦平和」の闘士として活躍し、現代までその名が語り継がれる偉人・平塚らいてう。誰もが知る、一貫した雄々しい肖像とは裏腹に、彼女には家族にしか見せないもう一つの顔があった。自身の抱える脆さに苦悩し、生き、闘った―人間味溢れる実物大のらいてうが浮かび上がる。
目次
序章 祖母・らいてうとの生活
第1章 父・定二郎との「結びつき」と「離れ」―「親はわたくしを信頼しぬいている」
第2章 夫・奥村博史との共同生活―「わがまま三昧の一生」
第3章 娘・曙生と息子・敦史との「出会い」―「原稿なんか書かないお母さんになるといいんだけどなあ」
第4章 嫁・綾子と姑・らいてうの「棲み分け」―「神様のような主婦がいてくれたら」
第5章 孫・直史との近くて遠い関係―「ものを産み出すことは大変なこと、しっかりおやりなさい」
終章 「はにかみや」のらいてう
著者等紹介
奥村直史[オクムラナオフミ]
1945年東京都世田谷区生まれ。1968年早稲田大学第一文学部哲学科心理学専修卒業。1968‐73年芳野病院、1973‐2005年国立精神・神経センター国府台病院に心理療法士として勤務。以後、東洋学園大学非常勤講師、千葉県浦安市メンタルヘルス相談員等を経て、現在、千葉県市川市南八幡ワークス心理相談員。1973‐2007年日本臨床心理学会運営委員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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雨巫女。
11
《私‐図書館》私がイメージしていた「らいてう像」と違うことにびっくり。平塚家も、旦那様も想像と違い過ぎる。でも、面白かった。2012/03/06
kamakama
4
子どもから親を見る時は、感情的になって批判してしまうようなことがあるが、孫からだと一拍はなれて、ちょっと違う見かたができたりするのではないだろうか。奥村氏のらいてうを見る目は、心理療法家としての冷静さをもちながらも、祖母にとても温かいまなざしを投げかけているのを感じる。 今NHKで放映されている「花子とアン」も村岡花子の孫が書いた原作によるものだが、祖母にむける孫の視線に本書と同じものを感じる。孫つながりで読んでしまったが、孫のありがたさを感じた。2014/05/31
tegi
1
身内によるものということで期待せずに読んだがかなりよかった。孫から見た平塚らいてうの人物像のおもしろさはもちろん、評伝部分もバランスがよい。青鞜時代がピークにならず、結婚後から晩年までを通して知れるのは平塚の入門書としてもよいのではないか。また、女性解放を訴えながらも、家庭内では息子の妻(=筆者の母)に負担をかけていたのではないか、と抑えた筆ながら明確に指摘する部分は白眉と思う。未解明のテーマとして挙げられる、平塚と宗教の関わりについても筆者の文章を読みたいと感じた。
りんたろ
1
単に孫の知るらいてう像というだけでなく、青鞜時代から戦後にかけてのらいてうの精神の変遷を丁寧に追った良い本。これまで平塚らいてうには強い女性というイメージしか持っていなかったけれど、これを読んでとても身近に感じられ、それでかえって自分に力を与えてくれる存在に思えるうようになった。2013/03/14
ぷくこ
0
平塚らいてうの生涯を、孫の目から描いた本。個人的に面白かったのは、自分の子育て期には家事育児と仕事の両立に苦労していたらいてうが、息子の嫁(著者の母)と同居するようになってからは、家事いっさいを嫁に任せて仕事や勉強に打ち込んでいたということ。らいてう自身はそこに矛盾を感じることはなかったのだろうか?いずれにしても、このようならいてうの姿を知ることができたのは、やはり身内の書いた本だからこそ。「言論活動を行ってきた人が、現実にはどのように振舞っていたか」というのは、私にとっては興味深いテーマである。




