内容説明
新聞エッセイの執筆に行きづまっていた深夜、軽い気持ちで選んだ一枚のLPレコードは藤圭子という17歳の歌手のものだった。「これは正真正銘の“怨歌”である」と書いたエッセイから始まる「私」の藤圭子への思いを描いた表題作ほか、歌謡曲の世界を舞台にして、著者がデビュー当時に綴った「艶歌」「涙の河をふり返れ」「われはうたえど」の3篇を収録した秀作中篇集。
著者等紹介
五木寛之[イツキヒロユキ]
1932年福岡県生まれ。生後間もなく朝鮮に渡り、47年にピョンヤンより引き揚げる。早稲田大学露文科中退後、編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、66年『さらばモスクワ愚連隊』で第6回小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞、76年『青春の門』(筑豊篇ほか)で第10回吉川英治文学賞を受賞。2002年に菊池寛賞、04年に仏教伝導文化賞、09年にNHK放送文化賞、10年に『親鸞』で毎日出版文化賞を受賞。小説のほか、音楽、美術、歴史、仏教など多岐にわたる活動が注目されている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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gtn
5
藤圭子は根は明るい少女だった。それが戦略的に不幸を背負わされ、晩年は本当に悲劇的な最期を終えてしまった。2018/06/08
Jumblesoul
3
作家専業になる直前にCMソングのディレクターだった五木寛之自身の、体験談も含んでいると思われる演歌ネタの4作。昨今ではデジタルで作られた歌謡曲全盛になり、もうこうした音楽製作現場の物語は遥か昔の伝説になってしまった。『怨歌の誕生』の実名で登場する藤圭子と、作詞家でありプロデューサーだった石坂まさをが同年に亡くなった実際のエピローグを思うと感慨深いものがある。2017/12/26
harvest moon
3
昭和41年から45年までに書かれた短編4つを再編したもの。五木寛之はトップ・ランナーであった。そんな彼が艶歌(怨歌)について書いた短編が4つ収められている。当時でも演歌は古臭い音楽として若者には認識されていたのだが、時代の先端を走る作家が、このような小説を書いた事はちょっと意外だった。「艶歌」という作品にジョーン・バエズが歌ったボブ・ディランの[サブタレニアン・ホームシック・ブルース]をFMラジオから流れていた、と書く位だからね。藤圭子の1stアルバムの記述も良かった。 2015/11/18
k.t
3
なんか知らないけど、五木寛之氏の作品にはいつも引き寄せられるのだ。長編もいいけど、こういう短編もいいんだな。2015/09/26
イーさん
3
藤圭子と言う歌手は、当時テレビ画面で見ていたが、本当に魅力ある歌手だと思います。2015/09/01
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