出版社内容情報
赤トンボと呼ばれる練習機の操縦を教育する練習航空隊として昭和14(1939)年に開隊した筑波海軍航空隊。ところが、太平洋戦争も後半に差しかかった昭和19(1944)年3月になると戦闘機操縦の実用機教程を担当するようになり、同年11月にマリアナ諸島からの『B-29』の本土空襲が始まると、筑波海軍航空隊でも教官・教員たちをもって戦闘機隊を編成、防空戦に参加、昭和20年4月には沖縄航空作戦に出動して戦った。本書は、教え、戦った筑波海軍航空隊の教官・教員たちの知られざる戦いを現代に伝えるものである。
内容説明
教え、戦った練習航空隊の教官・教員たち。その知られざる敢闘を、いま伝える。赤トンボと呼ばれる練習機の操縦を教育する練習航空隊として昭和13年12月に開隊した筑波海軍航空隊。ところが、太平洋戦争も後半に差しかかった昭和19年3月、戦闘機操縦の実用機教程を担当することとなり、同年11月にマリアナ諸島を基地とする『B‐29』の本土空襲が始まると、筑波海軍航空隊でも教官・教員たちをもって戦闘機隊を編成、防空戦に参加、昭和20年4月には沖縄航空作戦に出動して戦った。本書は、教え、戦った筑波海軍航空隊の教官・教員たちの知られざる戦いを現代に伝えるものである。
目次
プロローグ 筑波海軍航空隊とは?(本題に入る前に その1 海軍搭乗員の養成課程と練習航空隊;本題に入る前に その2 零式艦上戦闘機の型式変遷について ほか)
第1章 B‐29邀撃戦(筑波海軍航空隊が最初に対峙した敵、『B‐29』)
第2章 敵機動部隊艦上機との激戦(関東上空を暴れまわった強敵、『F6F』;筑波海軍航空隊戦闘機隊 邀撃戦参加零戦、機番号と型式の検証)
第3章 沖縄航空作戦(禍々しい見た目よりも御しやすい?『F4U』;筑波海軍航空隊戦闘機隊関係戦没者)
著者等紹介
吉野泰貴[ヨシノヤスタカ]
昭和47年(1972年)9月、千葉県生まれ。平成7年3月、東海大学文学部史学科日本史専攻卒。在学中から海軍航空関係者への取材をはじめ、とくに郷土である千葉県に関係の深い航空部隊の研究を行なってきた。現在は都内の民間会社に勤務のかたわら調査活動を続けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。