出版社内容情報
16世紀後半から18世紀にかけては、チベットにおいてはダライラマの権威が確立し、チベットばかりかモンゴル人や満洲人の尊崇までも集めており、一方、中国においては満洲人の王朝、清が成立し、強大な軍事力をもって次第にモンゴル地域をその勢力下にくだしていく時代であった。このような歴史的な過程において、チベット、モンゴル、満洲の三地域はある時ははげしく対立しあい、ある時は和睦し、密接に絡み合っていた。そして、この三者がぶつかりあっていた「場」は、冊封体制、朝貢体制、華夷思想、などの言葉に象徴される中華世界としてではなく、菩薩、転輪聖王、などの言葉に象徴されるチベット仏教世界として検討されるべきものである。本書では、チベット・モンゴル・清関係をチベット語・モンゴル語・満洲語の一次史料を用いて、ダライラマ、清皇帝、モンゴル王侯の三者の王権像(世界観・歴史観)を明らかにし、その思想に基づいて生起した歴史的事件の一つ一つについて、当時のチベット・モンゴル・満洲世界の認識に基づいた新しい歴史像を提示していく。
中華世界が一人の皇帝を頂点に戴く階層的な世界観を作り上げるのとは対照的に、このような菩薩王が君臨するチベット、モンゴル、満洲の世界観は、複数の菩薩がそれぞれの国で仏教と有情の利益のために働く複眼的な世界観を結ぶ。一見して求心力に欠けるように見えるが、同じ価値観を共有した王侯が同じコードを用いて交流するため、それは全体として見ると一つの「場」を構成するのである。(本文より)
内容説明
本書は、一七世紀から一八世紀にかけてのチベット、モンゴル、満洲三者関係について、新出史料に基づく知見を書き加える等して一冊の本にまとめたものである。
目次
序論 チベット仏教世界の王権像の原型
第1章 パクパの仏教思想に基づいたフビライの王権像
第2章 『アルタン=ハン伝』に見る一七世紀モンゴルの歴史認識
第3章 ダライラマ五世の権威確立に菩薩王思想が果した役割
第4章 ダライラマがモンゴル王侯に授与した称号の意味と評価
第5章 『蒙文老〓』中のチベット関連書簡
第6章 チベット語書簡の構造から見た一七世紀の清・チベット・モンゴル関係
第7章 チベット・モンゴル・満洲の政治の場で共有された「仏教政治」思想
第8章 チベット仏教世界から見たガルダン対ハルハ・清朝戦争
第9章 摂政サンゲギャムツォの著作に見るチベットの王権論
第10章 清朝によるチベット平定の実像
第11章 一七八〇年のパンチェンラマ・乾隆帝会見の本質的意義
結論 チベット仏教世界の提示
著者等紹介
石浜裕美子[イシハマユミコ]
1990年早稲田大学大学院文学研究科史学科後期課程単位取得退学。東洋史学専攻。日本学術振興会特別研究員を経て、現在早稲田大学教育学部専任講師。文学博士。著書に「西蔵仏教宗義研究」(共著、’86年)、「新訂翻訳名義大集」(共著、’89年)、「チベット歴史紀行」(’99年)、「中央ユーラシア史」(分担執筆、2000年)など、訳書に「ダライラマの仏教入門」「ダライラマの密教入門」(共に’95年)などがある
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