内容説明
世界を二分して終わりなくつづく核戦争。地上を汚染する放射能をのがれて人々は無数の巨大な地下塔にひそみ、過酷な生活を送りつつ戦闘用ロボットの生産に追われている。ときおり地上の模様が上映されるが、戦争は帰趨を決する気配もない―だが、これはすべてまやかしだった。戦争は10年以上前に終結しており、少数の特権階級の支配する世界ができあがっていたのだ。新訳決定版。
著者等紹介
佐藤龍雄[サトウタツオ]
1954年生まれ。幻想文学翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
催涙雨
58
解説のとおり四つの短編が原型になっていて(歴戦の勇士だけは共通点がよくわからなかった)、そのためか非常にごちゃごちゃしている。特に造語の雨あられが降りそそいでくる序盤に顕著な傾向。名前だけであればスウィブルやウーブなども登場する。いくつかの短編をつぎはぎしたパッチワーク的な乱雑さに反してテーマそのものは明快で、そのアンバランスさがある意味では魅力とも言える。本作ではディックのオブセッションが政府による情報操作・独占による国民からの搾取、圧迫といった舞台設定のみでほとんど完結してしまっているため、物語のなか2019/03/04
GaGa
45
創元版では初めて読んだ。サンリオ版とは随分読んでからの差があるので、読み直してみないと違いは判らない。この作品は全体で見ると微妙な作品ながらも、ディックとしては非常に判りやすい作品となっていて、この小説の対比となるのが「死の迷宮」かなあと思ったりする(「死の迷宮」の壊れ方はすごく好きだけど)映画化が考えられたのも少し頷ける。でも、実際映画化されたらチープなものになるだろうなあ(笑) 2012/04/11
藤月はな(灯れ松明の火)
44
ディックの傑作短編、『地球防衛軍』とは似ていながら真逆の作品。地上が核戦争が続いていると信じ込まされた地下の下・中層階級人と放射線により、生殖機能や人々との繋がりは切れたものの地下を支配し、その搾取によって暮らすエリート。だがそのエリートであるアダムスは肉体を変えた醜悪な統治者を嫌い、罪悪感と恐れを抱いているという箇所が印象的でした。真実をまだ、言わずに来る日まで伏せておくのは民主政治から恐怖の独裁政治に変わったため、再び、王権国家へと戻らざるを得なかったとフランス革命を踏まえたのかもしれません。2014/07/30
roughfractus02
5
緑豊かな地上を独占するには、人々を地下に押し込む核戦争を起こして、情報で世界を作るに限る。重要なのは、地上が悲惨であるというフェイク情報であり、その悲観主義によって地下の人々の現状を守ることしか考えさせなくすることだ。作者は情報戦と化した1960年代の東西冷戦状況を、2025年の情報でできた地下世界に集約させたのだろう。地下タンクの中の人々が信じる指導者はシミュラクラであり、地上の広報担当者のシナリオをコンピュータ処理して指導者の口から話している。第三次大戦後のサイバー空間の冷戦は架空の歴史を作り続ける。2020/05/23
えりっく
4
オーウェル的な世界観をベースにしながらも、ディック作品に共通する「つくりものの現実」というテーマを「権力者の欺瞞」という形で表現し、そこへさらに深いSF要素を加味して、ディックらしい作品に仕上げてることに成功している。ディックの小説にしては(比較的)ストーリーがわかりやすく、飽きることがなかった。途中で起こる殺人事件の犯人が誰か、動機は何なのか、というミステリ的な要素も含まれている。個人的にはSFミステリの範疇に置いてもいいのではないかと思う。2012/02/09